先日、知人から、肺がんが見つかったので手術することになったとの連絡がありました。
うまくとれれば良いがと思っていたところ、術後にまた連絡があり、手術の結果は肺がんではなくて肺アスペルギルス症という真菌症であったとのことでした。
真菌症というのはカビによる病気で、肺の中にアスペルギルスというカビが生えたということです。がんでなくてよかったという面と、真菌症というなかなかスッキリ治りにくい厄介な病気という面と相半ばという感じです。
カビというと、一般的には古くなった食品、風呂場や壁に生えるカビを思い浮かべ、また、人の病気では水虫やいんきんたむしなど、あまり親しみを持てませんが、ある意味で不思議な存在でもあります。
いうまでもなく日常口にする、シイタケやシメジなどの食用キノコは真菌の一種で、今後の食糧危機に対する有効な手段とも考えられていますし、酒の醸造や納豆などの発酵食品の他、ペニシリンなど様々な抗生物質や抗がん剤など医学的に有用な薬剤を作る真菌もあります。
真菌は生物学的には、真核生物と言って細胞の中に膜で囲まれた核(遺伝子の塊)を持っており、細胞内に遺伝子が散在している(原核生物)いわゆる細菌に比べて、より進化したものと考えられています。
真菌については、家のカビや人の真菌症などの他はほとんど知りませんでしたが、「奇妙な菌類」(白水貴著)という本によれば、驚くべき生態が書かれています。
一つの特徴は、単独で生息するのではなく、他の生物に寄生、共生して発育、繁殖するものが多くあることです。木などの植物に寄生するほか、昆虫に寄生するものもあり、有名なものは「冬虫夏草」と言われるもので、寄生された昆虫は乗っ取られて死んでしまいます。ただこれを人は漢方薬として食べてしまいますので、さらに恐ろしいとも言えますが。
所詮、真菌は小さな細胞の集まりでせいぜい大きくてもお化けきのこ位だろうと思っていたところ、菌糸の束が地中を伸びて東京ドームの200倍にも及ぶ巨大真菌も存在するようです。
森林の中では、真菌は森の掃除人と言われ、枯れた木や葉など分解困難な成分を分解して再利用できる形にします。最近流行りのSDGsの権化のような貴重な存在でもあります。
真菌は菌糸という枝を張り巡らせて広がっていきますが、細菌の中にも似たような形態をとるものがあり、放線菌と言います。
放線菌は、結核に用いられるカナマイシンやフィラリア原虫に効くイベルメクチンなどの様々な抗生物質等を作ることから抗生物質の宝箱とも言われており、人類の健康に貢献しています。一方で、人類を長年悩ませ続けている結核菌も放線菌の1種で、いまだに簡単には退治することができないやっかいで不思議な存在です。
近年、腸内細菌(マイクロバイオーム)が注目されていますが、腸内真菌(マイコバイオーム)も存在することが分かってきました。しかし、こちらは腸内細菌以上に培養が困難だったりして、その実態はまだほとんど分かっていません。
しかし、西洋のカビチーズや東洋の発酵食品などの長い歴史文化と真菌の不思議な能力を考えれば、きっと何か重要な役割を果たしているに違いないとも思えます。今後の真菌研究の発展を期待したいと思います。
水虫からチーズ、キノコまで 人類共生の真菌の不思議 |
あとで読む |
【医学者の眼】未開の部分大きく、さらなる治療薬に期待も
公開日:
(ソサエティ)
アスペルギルス真菌のイメージ=ccbyKGH
![]() |
中島 正治(医師、医学博士、元厚労省局長)
1951年生。76年東大医学部卒。外科診療、医用工学研究を経て、86年厚生省入省。医政局医事課長、大臣官房審議官(医政局、保険局)、健康局長で06年退官。同年、社会保険診療報酬支払基金理事、12年3月まで同特別医療顧問。診療、研究ばかりか行政の経験がある医師はめずらしい。
|
![]() |
中島 正治(医師、医学博士、元厚労省局長) の 最新の記事(全て見る)
|