新型コロナウイルス感染症は、我が国では緊急事態宣言が解除され、経済活動も再開、一旦は収まりつつあるようにも見えましたが、この数日東京で連日100人超、全国で200人を越える新規感染者が発生するなど再度増加しつつあり、次の波の兆しともいえるようで大きな懸念がもたれ、今後の対策の在り方が問われています。
一方、世界では感染者が累計で1,100万人を越え、1日あたりの発生は約20万人とさらに加速しており死者も累計で50万人を越えています。最大の米国では1日あたり新規感染者が5万人を越え、人口約4,000万人のカリフォルニア州では1日あたり1万人に迫る感染者が生じています。
落ち着いてきたといわれる英国やドイツ、フランスでも1日あたり500人前後であり、日本に比べればまだまだ感染がおさまったとはとても言えないような状況の中で、経済活動が再開されつつあります。
我が国で厚労省により6月初旬に行われた抗体検査の結果は、東京で0.1%、大阪0.17%程度と抗体保有率は非常に低い結果で、水面下に膨大な感染者がいるのではないかという懸念とは裏腹に、これまでの対策、防御はうまく行っていたということのようです。
しかし一方では、大部分の国民がこれから感染する可能性をまだ残しているということでもあり油断できません。
我が国としても、いつまでも社会経済を止めたままにすることはできないこともあり、緊急事態宣言を解除しましたが、今後の我が国の対策はどうなるのでしょうか。
我が国ではマスクは問題ないとしても、在宅勤務や飲食店等のソーシャルディスタンスの確保、外国との往来制限など、社会経済活動や日常生活はどうなっていくのか、現状のままでは、感染症は抑え込めても日本社会全体として持続可能とも思えません。
こうした状況では地方自治体も含め政治や行政の役割が重要ですが、政策決定プロセスの不透明さや、国の専門家組織の廃止が突然発表されるなど、国や自治体のリーダーシップが見えません。感染者数や死者数は世界的には非常に低値にとどまって対策は成功しているとも言えますが、残念ながら国民の信頼を十分得ているとは言えません。多くの国民が今後に不安を抱いているのではないでしょうか。
最近の我が国の感染者数の増加に対して、国は緊急事態宣言を再度発する状況にない事、東京都も具体的な数値基準まで示した「東京アラート」は、今後は出さないことにしたとのことですが、こうした判断については違和感を持ちます。
国の緊急事態宣言も東京アラートにしても、基本的には休業や自粛等に対する協力要請であり、欧米のような罰則を伴う法的規制ではありません。この点は、賛否は別として、マスコミでも広く報道されましたが、最近の報道などを見ていると、事業者を含め国民やマスコミは、あたかも強制力を伴う宣言のようにとらえて報道し、国民も受けとめているように思えてなりません。お上が言うからそうするということで、行政側からすれば協力は有難い反面、自ら考えてなすべきことを十分できているのかという疑問もあります。
政治は強制力を伴う宣言についての困難な議論を避け、国民は現状をどうとらえて何をすべきかということを自ら考えないという思考停止、ある意味で両者のもたれあいの状況にあるように思われます。これは、今後に向けて危険な要素を含んでいるとも思われます。
こうした状況下で、我が国に参考になる海外のケースは、スウェーデンだと思います。
多くの欧米諸国のような強制的なロックダウンは行わず、国のガイドラインに基づく自主的な対応の結果、医療崩壊はきたしてはいないものの、最近は感染率や死亡率がやや高くなってきており、他の北欧諸国と比較され、政策的には失敗ではないかなど様々な論評があります。
マスコミは分かり易くするためか、都合の良い数字や意見を持ってきては自説を強調する傾向があり、状況を正しく認識するためには様々な論評を見なくてはなりませんが、それにも限度があります。
まだ世界的に感染が拡大している現状では、スウェーデンの政策は多くの批判にさらされてやや分が悪いようにも見えますが、そんな中、スウェーデン在住・カロリンスカ大学の宮川絢子医師(ご主人はスウェーデン人)の論評は参考になります。
https://forbesjapan.com/articles/detail/35156
以下、その概要です。
・スウェーデンの感染対策は人口当たり死者数で見る限り(ロックダウンした)欧米諸国と比べても中位である
・感染者数、死者数も落ち着いており、ICU等医療提供体制に問題を生じていない
・70歳以上の高齢者が死亡数の約90%を占めており、施設を含む高齢者対策が十分とは言えない
・スウェーデンの医療提供体制は、80歳以上のコロナ感染高齢者等はICU治療を施さないことになっており、今回の高齢者死亡増の1つの要因の可能性がある
・ロックダウン政策等については国内にも賛否あるが、自由を尊重する国民(性)で概ね納得しており、自らの判断で対策をとっている
・行政はソーシャルディスタンスや手洗い、消毒、疫学的状況などについて情報提供を行っている
・政策の顔である疫学者テグネル氏は、高齢者対策等の政策に改善の余地はあるが、変更の予定はないとしてる
他にもスウェーデン住民による評価を示すYouTubeなどの投稿を見ても、多くのマスコミの評価とは異なり、これまでのところ国民は、政府の対応に大きな不満はなく日常生活を楽しんでいるようです。ただ、この1月程度は新規感染者数もやや増加傾向にあり、今後どのように推移するかは注目する必要があります。
同様の政策はロックダウンが主体の米国でも見られ、本年7月4日独立記念日に4人の大統領の胸像が彫られたラシュモア山でトランプ大統領が花火大会を強行したサウスダコタ州も当初からロックダウンを行っていません。
ここでも感染率や死亡率はニューヨークやカリフォルニアなどに比べればはるかに低く、全米でも中位にとどまっており、最近の状況に対しても(共和党)州知事のクリスティー・ノエム女史は方針を変えるつもりはないようです。
我が国の専門家会議は再編成され、これまでの施策の評価が行われるようですが、それよりも次の波に備えた具体的な体制作りが急がれるように思われます。
東京アラートの方針も見直され、新たな指針で対応するようですが、具体的な客観的判断基準は示されず、肩透かしをされたような印象です。
こうした状況下では、今後はまさに、小池都知事がいみじくも言ったように「自粛ではなく自衛」が特に必要な状況になったとも言えます。
行政には、国民が自由・自立の精神の下で自ら考え、行動できるように、これに必要なワクチンや治療薬の開発、検査体制の拡充、防護具の整備などの医療的な道具立てや適切な情報の提供を、また、高齢者、要介護者、医療介護関係者などに対しては一層の支援を期待したいと思います。
ロックダウンなしのスウェーデン 手本になる例かも |
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【医学者の眼】第二波に備え 高齢者、医療・介護関係に重点置いた対策を
公開日:
(ソサエティ)
人気のない渋谷駅前(2020年4月17日)=CC BY-SA / ナギ (nagi)
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中島 正治(医師、医学博士、元厚労省局長)
1951年生。76年東大医学部卒。外科診療、医用工学研究を経て、86年厚生省入省。医政局医事課長、大臣官房審議官(医政局、保険局)、健康局長で06年退官。同年、社会保険診療報酬支払基金理事、12年3月まで同特別医療顧問。診療、研究ばかりか行政の経験がある医師はめずらしい。
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