新型コロナウイルス・オミクロン株の感染爆発の前で、政府のコロナ対策メニューは事実上、空文化した。まず、公表データでオミクロン株の特徴を再確認しておきたい。
一週間平均の新規感染者数は、1月29日時点で6万7800人。第5波ピーク時(2021年8月25日)=2万3192人の約3倍に達している。一方、重症者の数は第5波ピーク時(2021年9月4日)=2223人に対し、1月30日に767人。感染者が3倍増ながら重症者は3分の1にとどまる。
とはいえ、1日の死亡者数は第5波ピーク時(2021年9月8日)=89人に比べ、1月28日は48人。東京都に緊急事態宣言が出ていた2021年8月25日の45人よりも多い。オミクロン株の第6波では大半の感染者が重症化していないが、高齢の重症者は増えており、大都市圏の感染拡大はまだ続くと予想されている。
こうしたオミクロン株の大流行に岸田文雄政権がどのような戦略で立ち向かうのか、まったく伝わってこない。政権発足時に第5波の2倍の感染者数を想定し、それまでの3割増のコロナ病床を確保したと岸田首相は胸を張ったが、爆発的な感染者増で入院を制限せざるを得なくなった。
感染者の体温が39℃、40℃と上がろうが、肺炎にならなければ「軽症」とし、自宅療養を奨める。東京都は50歳未満の感染者に対し、「自分で健康観察」を求める。自分の命は自分で守れ、というわけだ。
都は「発熱相談センター」という24時間対応の窓口を設けているが、私の知人で、夫が発症して入院し、濃厚接触者となった妻は「発熱しているけど、電話なんてつながらない。保健所にPCR検査を頼んでもいつになるかわからないという。
自分で検査をしたいと言っても、民間検査はダメ、行政検査が必要と応じてくれない。区から家に箱に入った水が送られてきた。水で生きていけってことよね。全然、対応できてない」と不満をぶちまける。
オミクロン株の流行では、圧倒的多数の「自宅療養」がいわば「主戦場」だ。濃厚接触者の待機期間を10日から7日に短縮し、社会活動を止めない、経済を回すというなら、自宅療養のサポートを厚くするのが筋だろう。
そんななか、政府への助言が役目の分科会会長、尾身茂氏は、1月19日、「これまでの人流抑制でなく、人数制限がキーワードになると考えている」と見解を述べ、「ステイホームなんて必要ないと思う」と無責任に発言した。同日、分科会が了承した政府の基本的対処方針には「混雑した場所などへの外出自粛要請」が自治体の対策としてしっかり書かれている。
21日の全国知事会では「現場に混乱を来している」と尾身発言への懸念が続出。国と地方、専門家らが足並みをそろえて「ワンボイス」で情報発信するよう求めた。知事会会長の平井伸治鳥取県知事は、電話で尾身氏から「迷惑をおかけした」と陳謝されたという。
全国でもっとも早くオミクロン株の流行を経験した沖縄県、琉球大学第一内科・藤田次郎教授は、21日のテレビ朝日のニュースで、「(オミクロン株の)潜伏期間が2日であることがわかりました。潜伏期間が約3分の1に短縮されているのがオミクロン株の大きな特徴」と語った。第5波を起こしたデルタ株の潜伏期間は5・6日であり、両者は「まったく違った病気と思っていい」と言う。
さらに藤田教授によれば、オミクロン株のウイルス排出(他者への感染)のピークは発症(発熱)してから3~6日後。ここが重要だ。デルタ株の場合は、発症前からウイルスを排出し、発症時にピークを迎えていた。だから、デルタ株の感染では発症2日前までさかのぼって濃厚接触者を捕捉しようとして困難に直面した。
が、発症後3~6日でウイルス排出ピークに至るオミクロン株では発症前の接触者を追う必要はない。発熱した時点で接した濃厚接触者について、その後6日程度ようすを見て、発症したら検査・治療につなげばいいと考えられる。
尾身氏の「ステイホームなんて必要ない」発言の裏に、このようなデータ的根拠があるなら、きちんと説明しなくてはならなかった。しかし、1月31日時点で、岸田首相と尾身氏が一緒にコロナ対策を説明し、質問を受ける記者会見は一度も開かれていない。細切れの対策を弥縫的に発表するばかりで、全体像があやふやだから国民が戸惑うのである。
最前線でオミクロンを診てきた医師が言うようにオミクロンがインフルエンザ並みだとすれば、なおさら自宅療養への対応が重要になる。ワクチンを打ち、それでもオミクロンにかかったなと感じたら、近所の診療所で鼻から検体を採ってもらって迅速抗原検査で判定。陽性なら薬を飲んで布団をかぶって寝て治す。誰しも、インフルエンザと同じように対処したいのだ。
しかし、日本の3回目ワクチン接種率は、わずか2・3%(1月26日)。英国、ドイツ、韓国は50%を超え、米国でさえ25%以上がブースター接種しているのに異常に遅れている。
PCR検査の試薬も、抗原検査キットも足りず、尾身氏ら専門家は「若い世代は検査を行わず、症状だけで診断することを検討する」と厚生労働省に提案する始末だ。患者や医師に武器も与えず、戦えと言うのか。
川崎市で発熱外来を設けている「たむらクリニック」の田村義民院長は、こう語る。
「デルタであれ、オミクロンであれ、われわれ町医者にとって、新型コロナ感染への対応は同じです。できれば、自宅療養をしている方を往診したいけれど、もしもその患者さんが重症化したとき、どこの病院が確実に受け入れて治療をしてくれますか。病院のバックアップもなく、新型コロナの患者さんを診ろというのは無茶でしょう」
新型コロナ感染症をインフルエンザと同一視したいのなら、ワクチン、検査薬、治療薬の質と量を担保し、一般の診療所で診られる体制を整えるのが急務だろう。法的な解釈だけ変えても、実態が伴わなくては、現場の医療者が混乱するばかりだ。政府は、いまこそ自宅療養に焦点を絞り、体制づくりに邁進しなくてはなるまい。
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(ソサエティ)
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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