政府は、3月21日をもって、すべての地域の「まんえん防止等重点措置」を解除すると決定した。これに先立って、岸田文雄首相は、3月16日の記者会見で、「コロナとの闘いの当面のゴールとして、季節性インフルエンザと同様、従来の医療提供体制のなかで対応可能なものとし、通常に近い経済社会活動を一日も早く取り戻すこと」と強調した。
このゴール設定は、誰もが望むところだ。早く、ふつうの病気と同じようにコロナでも「かかったかな」と思ったら身近な診療所や病院に直行し、「検査・診断・治療」が受けられるようにしてほしい。
一々、発熱外来を探してPCR検査を受け、陽性なら保健所から自宅療養、宿泊療養、入院の連絡がくるのを待って治療はそれから、というのは時間も労力ももったいない。その間に症状が悪化し、亡くなる人があとを絶たない。
第6波はピークを超えたとはいえ、連日100~200人が命を落としている。高齢者ばかりではない。10歳以下の子どもも、10代、20代の若者も亡くなっている。全国で50万人ちかくが自宅療養中だ。このような状況で、まんえん防止措置を一斉に解除し、「従来の医療提供体制のなかで対応可能」にしていくためにどう手を打つのか。そこが最大の課題だ。
岸田首相は、記者会見で、以下の5つのポイントを挙げた。
① 1床当たり450万円の支援や看護師派遣単価の引き上げ延長などで療養体制を支援。自宅療養者に対応する医療機関を1月の1万6000件から2万2000件へと増やす。
② 熱があるときの外来診療の強化。合計3万6000件の発熱外来を引き続き確保し、医師会の協力を得て、診療報酬の加算措置を延長した上で、一部地域で「非公開」となっていた実施機関名を東京都、大阪府等で一律、公表。
③ 治療薬の確保。感染した場合は、すばやく飲み薬を服用し、重症化を防ぐことが重要。メルク社、ファイザー社の飲み薬、各種の中和抗体薬、約650万回分を確保してきたが、さらに300万回分を確保する。国産治療薬の承認申請を進める。
④ 身近な検査体制の強化。国が必要な買い上げ保証を行い、向こう6か月で計3億5000万回分の抗原検査キットを確保する。
⑤ さらなるワクチンの確保。4回目接種の必要量確保の見通しが立った。ファイザー7500万回分、モデルナ7000万回分を追加購入する。
治療薬、検査キット、ワクチンは、コロナとの闘いの戦略物資だから十分な量を、より迅速に確保すべきなのは言うまでもない。問題は、①と②の医療現場だ。岸田首相は、補助金や診療報酬加算で、コロナ患者を診る医療機関のテコ入れを図ろうとしている。基本的に安倍~菅政権のやり方と変わっていない。
しかし、笛吹けど踊らず。とくに「熱があるときの外来診療の強化」、つまりに発熱外来の診療所、クリニックの機能強化が思うように進まない。
たとえば、発熱外来を置く診療所が、患者に抗原検査を行ない、短時間で陽性と判明したらその場で経口薬を処方すればいい。重症化がかなり防げる。少数だが、そうしている診療所もある。が、診療所での経口薬処方はなかなか広がらない。
そもそも発熱外来を設けながら、「風評被害」などを理由に診療所の名前を隠すとは何をかいわんや。名称の非公開は補助金不正の温床になりかねない。いまごろになって、首相が実施機関名を公表とわざわざ述べているところに問題の根の深さがある。
では、発熱外来の実態は、どうなのか。東京都は、発熱患者への診療・検査を行なう都内の医療機関を「診療・検査医療機関」として指定している。最近、都のHP上で、豆粒みたいな小さな字で、その医療機関リストが公表された。
そのうちの何か所かに電話で取材してみると、「毎朝、検査の受付けをしていますが、今日の分は満杯です。間に合わなかった方は、他を当たっていただくか、翌日また連絡をしてもらいます」とか、「もともとPCR検査はやっていません」と驚くような反応が返ってきた。なかには「うちは発熱外来ではないんです」と都の「診療・検査医療機関」指定の趣旨に反するような返事もあった。
確かに検査キットなどが足りず、検査をしたくてもできないところもあるだろう。だが、都の公表した医療機関リストを細かくチェックすると、コロナ患者の「熱があるときの外来診療」ができそうにない診療所がかなり含まれている。
小池百合子都知事の地盤、豊島区を例にとろう。豊島区では診療所やクリニックなど129件が「診療・検査医療機関」の指定を受けている。このうち「かかりつけの患者のみ」対応する診療所等が56件。全体の43%を占め、内向き志向が強い。
首を傾げるのは「診療・検査」を標榜しながら、PCR検査も抗原(定性・定量)検査もしない診療所等が24件と、18%を超えている。「経口治療薬を処方する」とリスト上で意思表示している診療所等は23件にとどまる。
同じ「診療・検査医療機関」でありながら、内実は玉石混交なのだ。周りの診療所に同調して、うちも指定を受けておこう、とリストに入ったのはいいが、じつは対応不能。そんなクリニックが少なからずあるようだ。
医師会が「本気」にならなくては、この問題はなかなか解決しそうにない。
公表リストにあるのに「うちは発熱外来じゃない」 |
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公開日:
(ソサエティ)
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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