新型コロナ感染症による死亡者の数が増え続けている。死亡者数は、昨年12月下旬に3000人を超えると、一気に急増し、わずかひと月ほどで5000人を突破した。
発症して重症化した人が医療機関にかかれないまま亡くなる「変死」も増えている。全国の警察が昨年3月~今年1月20日までに変死として扱った遺体のうち、197人が新型コロナに感染していた。
そのうち131人が昨年12月以降に集中している。国のコロナ対策は失敗し、医療崩壊が現実のものとなった。
背景には、発症しても入院先や、宿泊療養先が見つからず、「入院・療養等調整中」として自宅にとどめ置かれる人の急増がある。東京都の「調整中」の数は、1月17日には7727人にまで膨らんだ。
東京都東部の保健所に勤めるベテラン保健師は、「年末年始から40度ちかい熱があっても入院先がなくて、救急車を呼んでも搬送してもらえず、自宅にとどまる患者さんがどんどん増えました。『殺す気か。いつまで待たせるんだ。命の保証をしてくれるのか』と叱られてばかりです」と語る。
調整中の人も含め、自宅療養者への「訪問診療」は必須だと思われるが、実施している診療所は極めて少ない。厚生労働省はコロナ患者への訪問診療に診療報酬上の「加算」をつけて奨励しているが、大多数の開業医は笛吹けど踊らず。
開業医の元締めである日本医師会も医療崩壊に警鐘を鳴らすのには熱心だが、コロナ在宅患者への訪問診療を積極的に推しているようには見えない。
コロナは、免疫力が落ちた、基礎疾患のある人や高齢者を直撃する。認知症で要介護の高齢者は重症化のリスクが高い。
ベテラン保健師が、次のようなケースを語ってくれた。
介護施設のデイケアサービスで集団感染が発生した。感染者のなかに認知症で要介護の独居女性がいた。介護ヘルパーは濃厚接触を避けたい。万一感染すれば、ヘルパー自身だけでなく、勤務する事業所全体に影響が及び、業務が制限されるからだ。
かといって、認知症の女性を、そのまま放置するわけにもいかない。ヘルパーは日に三度、配食サービスの食事だけを玄関扉の取っ手にかけた。
しかし、認知症の女性は気づかない。手がつけられないまま食事がたまっていく。お腹を空かせて、どんな生活をしているのか。このままでは危険だと察知したベテラン保健師は、全身をPPE(個人防護具)で完全防護して女性を訪ねた。ひとりでいるのは危険なので入院を勧めた。
だが、本人は「ここにいる」と駄々をこね、動こうとしない。なだめすかして、口説き続け、どうにかこうにか精神科病院に入院させることができた。ところが、である。数日後、保健師のもとに「女性が突然死した」と報告が届いた。
保健師は言う。「罪を犯したような気持ちになりました。あのまま家にいても、あの人は自分なりの生活ができていたかもしれない。入院させなくてもよかったのではないかと思うとやりきれない」
コロナに感染した認知症の人は、意思疎通の難しさもあって十分な手当てが受けられない。集団感染が起きた介護施設は、患者を医療機関に送れず、「籠城」を余儀なくされる。
同様に認知症の人を数多く収容している精神科病院も、院内感染が発生すると患者を転院させることができず、コロナの専門的治療が受けられない状態が続く。
というのも、大多数の精神科の単科病院は、経営的に内科や外科を併設して十分な人手をかけることができず、コロナ治療のノウハウが備わっていない。
当然、病院側は感染者が出れば総合病院への転院を望むが、ほとんど認められないのである。厳しい医療環境で感染者と非感染者がひしめき合って、時が過ぎるのを待っている。
前述の認知症の女性が入院先の精神科病院で「突然死」したのも、そのような劣悪な療養環境と無縁ではないだろう。精神科病院への対応も、国のコロナ対策の盲点といよう。
こうした状況に神奈川県は、一つの策を打ち出している。
昨年三月下旬、厚木市の精神科病院、相州病院(528床)で院内感染が発生し、感染患者の転院が拒否された。記者会見で病院側は措置入院した40代女性の発熱が続き、検査で陽性が判明したので神川県に女性患者の転院を要請したが、「肺炎症状がある(コロナ感染の疑いがある)ので難しい」と回答されたと公表した。
女性は入院前に藤沢北署で保護されており、同署では複数の感染者が出ていた。保護中に感染した可能性が高い。その後、女性が相州病院にとどまっている間に感染が院内に広がる。相州病院の副院長は「精神科病院に入院している感染者を受け入れる態勢を早急に整えてほしい」と記者会見で訴えた。
これを受けて、神奈川県は動く。神奈川県立精神医療センターと徳洲会の湘南鎌倉総合病院が連携して「精神科コロナ重点医療機関」を設置した。県立精神医療センターが感染者の精神障害などの治療を担い、湘南鎌倉病院の内科専門医が出向いてコロナ治療を行う体制がつくられたのだった。
認知症や精神障害のある人は、コミュニケーションの取りにくさがネックとなって、対応が後回しにされ、結果的に感染がくすぶり続ける。1月18日までに発生したクラスターを場所別にみると、一番多いのが飲食店で880件、次に企業・官公庁815件、高齢者福祉施設は3番目で721件となっている(厚労省発表)。
認知症専門医がいる医療機関は、コロナ感染者受入れの体制強化を進めなくてはならないだろう。
コロナ対策の盲点、認知症と精神障害の感染者救護 |
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(ソサエティ)
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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