先日、東京都が新型コロナウイルスに感染して亡くなった325人を分析した結果、51.7%が医療機関内や福祉施設内で感染していたことがわかった。都は6月末までの感染者6225人のうち死亡者325人を分析し、詳細を発表した(8月1日)。年代別にみると死亡者の8割超が70代以上に集中し、平均年齢は79・3歳。改めて高齢者の死亡リスクの高さが確認された。目を引くのは、院内感染、施設内感染の危険さである。
亡くなった325人のうち140人は医療機関、28人は福祉施設での感染だった。なかでも台東区の永寿総合病院(400床)では患者・職員合わせて214人が感染し、入院患者43人が死亡した。入院患者の感染者数は109人だからじつに40%が亡くなっている。
白血病などを治療する血液内科では43人が感染し、23人が死亡。免疫力が低下した患者にとって新型コロナは致命的な病原体と思い知らされた。
それにしても台東区の中核病院で、26の診療科を有し、二次救急も受け入れる永寿病院で、なぜ、これほど院内感染が多数発生し、重症化したのか。永寿病院では湯浅祐二院長直属の感染制御部が置かれ、「感染対策指針」も策定されていた。しかし、指針によって築かれたはずの感染防御の砦はもろくも崩れ去ったのである。
7月1日、湯浅院長は日本記者クラブで記者会見を開いた。「最も大きな被害を受けて苦しまれたのは患者さんとその家族。病院の責任者として深くおわび申し上げる」と謝罪したうえで、集団感染の起点となった可能性のある患者の1人について、こう述べた。
「2月26日に脳梗塞の診断で入院されました。3月5日から発熱を繰り返していたが、唾液が気管に入るなどする誤嚥を繰り返していたため、誤嚥性肺炎と診断していました」
診断がつかないまま対応が遅れた。湯浅院長は語る。
「3月19日に(病院全体で)明らかに発熱者が増え、20日に保健所に集団感染の可能性について報告。21日に発熱のある2名の患者様にPCR検査を行い、その病棟への新たな入院を停止しました。23日にPCR陽性が確認され、翌24日には1名の患者様と看護師1名の陽性が確認され、その病棟の全職員の出勤を停止しました」
集団感染に気がついたときには、ウイルスは病院を覆い尽くしていた。
感染拡大の一番の要因は気づくのが遅かったことだ。
「新型コロナ感染症は、発熱や風邪症状の前に感染力を持っている。感染しても無症状の場合も多く、気づかないうちに広がる。急性期病院では発熱や肺炎を起こす、他の病気を持つ患者様は珍しくないが、そのなかに新型コロナがいることを常に想定しなくてはならない。アウトブレイク(感染爆発)が発生した当時には、そういう認識がありませんでした」
加えて「PCR検査の不備」も診断を遅らせた。
「(感染発生当初)この感染が蔓延している国からの帰国者や、感染者との濃厚接触者以外へPCR検査は一般的ではなく、検査結果が出るのも2、3日要した。当院ではPCR検査機を持たないため、臨床的に必要と考えても迅速な診断ができず、このことも感染拡大の一因」
と、湯浅院長はふり返った。
予想以上に速く、広い感染拡大に永寿病院の医療従事者は戦慄する。血液内科医師は、湯浅院長の記者会見の際に公表された「職員手記」にこう記した。
「当初は5階病棟のみの集団感染と考えていましたが、4月上旬には8階の無菌室まで広がっていたことが判明し、その時は事態の重大さにその場に座り込んでしまったことを思い出します。とは言え、未感染の方を含め50人を超える診療科の患者様の命を守るべく、研修医共々、少ない人数で日々防護服に身を包み、回診に当たる日々が1カ月以上続きました。……高度に免疫低下した高齢者が多く、アビガンその他の良いと思われる治療薬を投入するも効果に乏しく……」
5階病棟だけと考えていた感染が8階の無菌室まで広がったのは、建物の構造と診療科の配置に関係している。永寿病院の5階から8階は、呼称上、東と西の病棟に分かれているが、フロアは廊下でつながっている。中央のエレベーターを両病棟の患者や職員が使って、交差し、感染を拡大させたと考えられる。
しかも、一つの病棟に複数の診療科が入っている。たとえば、5階西病棟には、糖尿病・内分泌内科、循環器内科、腎臓内科、透析室が混在する。感染発覚当初、陽性者は病棟内で隔離されていたが、陰性の患者も同じ病棟に入っており、感染が伝播した。そこで、
「この感染症では、確実に区分された病棟での入院管理が必要と考え、通路に電動ドアを設置するなど、より安全性を高めた専用病棟を整備しました」と湯浅院長。汚染エリアとクリーンなエリアをはっきり区分するゾーニングが行われ、アウトブレイク(感染爆発)は徐々に鎮まったのだった。
無症状の感染者が媒介する新型コロナ感染症では、院内感染は必ず起きる。そう織り込んで細心の防御対策を講じなくてはなるまい。積極的なPCR検査は不可欠だろう。地域の流行情報も重要だ。病院長や施設長のリスクマネジメント意識が重要なのはいうまでもない。
感染入院患者の4割が亡くなった永寿総合病院の教訓 |
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【医療の裏側】無菌室まで感染 「事態の重大さにその場に座り込んだ」
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(ソサエティ)
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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