デルタ株の猛威は、首都圏から全国へと拡っている。わけても沖縄県で感染者が爆発的に増えている。
9月1日現在、人口100万人当たりの感染者数は、47都道府県で沖縄が最も多く、2686.2人。二番目の東京都は1694.2人だから、その蔓延ぶりが想像できよう(札幌医科大学医学部 附属フロンティア医学研究所 ゲノム医科学部門データ)。重症者数は、人口145万人の沖縄が31人。人口1400万人の東京が286人。重症者数も人口比では沖縄のほうが多い。
なぜ、沖縄では大きな流行が何度もくり返されるのか。決定的な理由は解明されていないが、外形的には感染が拡がりやすい環境因子がいくつかある。まず、人口が集中する沖縄本島南部の那覇市、浦添市は人口密度が高い。那覇市は1平方キロ当たり7673人と、名古屋市の7146人よりも「密」だ。
そこに1日平均1万人超の渡航者が流れ込み、人が活発に移動する。さらに沖縄の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は22・2%と47都道府県で最も低い。つまり若い行動的な人が多く、感染が拡がりやすいとみられる。ちなみに沖縄の次に高齢化率が低いのは東京で23.1%。東京でも若者の感染が起爆剤になってきた。
さらに人為的な要素も重なる。都道府県別ワクチン接種率をみると、9月1日時点で、沖縄は一回目接種率が43.25%、二回目接種率が33.45%と47都道府県で一番低い(政府CIOポータル)。流行しやすい環境でワクチン接種が進まなければ、感染は拡がる。
最近の沖縄の感染動向で気になるのが、病院でのクラスター発生だ。日本全体では医療従事者や施設職員へのワクチン接種が進み、院内、施設内クラスターは減少傾向にあるが、沖縄では集団感染が発生している。
うるま記念病院(精神科270床)では、7月から8月にかけて、感染者199人、死亡者69人(8月19日時点)という国内最大規模のクラスターが発生した。ここは高齢患者の「看取り」が日常的に行われている病院で、寝たきりの人や認知所の人が多数、入院している。
今年1月にも76人の集団感染が発生しており、感染予防は行われていたというが、デルタ株の感染力の強さの前に2度目の大規模集団感染に至った。
精神科の病院は、ただでさえ感染予防が難しい。病室の窓は開放できず、換気が悪い。認知症の人は常時、マスクを着用するのは困難で、歩ける人は自由に歩き回る。感染者が出ても、専門的に感染治療できる病院への転院は容易ではない。
医療従事者のマンパワーも、医療法の「精神科特例」によって、医師は他の診療科の約3分の1、看護師は同じく約3分の2に抑えられている。人員配置の設置基準を緩める代わりに診療報酬を低く設定。精神科は「薄利多売」の診療報酬体系に組み込まれているのだ。構造的な問題もあって、マンパワーが小さく、感染発生後の対応には限界がある。ただでさえ少ない職員が感染すれば致命的だ。
こうした構造的弱点にワクチン接種の遅れが重なってクラスターが拡大している。うるま記念病院では、集団感染の発生時には患者への一斉接種が始まっておらず、接種した患者は全体の約1割にとどまっていた。接種者もほとんどが1回接種しただけだ。職員の9割は2度の接種を終えていたという。
なぜ、患者への接種がそんなに遅れたのか。
じつは、「本人の同意」が制度上の盲点なのだ。厚生労働省は、予防接種法にもとづき、ワクチン接種には本人の同意が必要としている。しかし、重度の認知症や、寝たきりでADL(日常生活動作)が著しく低下している人の意思確認は難しい。都内の特別養護老人ホームの施設長は、「本人の同意を厳密に取っていたら、入所者の9割は接種できない」と言う。認知症の患者を大勢抱える病院や、高齢者施設は困惑している。
そこで、厚労省には次のような問い合わせが寄せられる。
「認知症などで本人に接種意思を確認することができない場合、家族にて同意書を書いてもらっても良いですか」。本人の代わりに家族の同意書で意思確認としたいのだ。
これに対し、厚生労働省は、「新型コロナワクチンQ&A」で次のように答えている。
「接種には、ご本人の接種意思の確認が必要です。それぞれの状況に応じて、家族やかかりつけ医、高齢者施設の従事者など、日頃から身近で寄り添っている方々の協力を得て、本人の接種の意向を丁寧に酌み取ることなどにより本人の意思確認を行っていただくようお願いいたします」
「日頃から身近で寄り添っている方々」が本人の意思確認が取れないのでどうしたらいいか、と聞いているのに本人の意思確認をしろ、とオウム返し。その後にこう記してある。
「なお、ご本人が接種を希望されているものの、何らかの理由でご本人による自署が困難な場合は、ご家族の方等に代筆していただくことが可能です」
「代筆」という表現で、家族の同意を黙認していると読み取れる。しかし、あくまでも「家族の同意は本人同意の代わりにはならない」と厚労省の技官は言う。
厚労省は、高齢者へのワクチン接種による副反応などのリスクを回避しつつ、「代筆」という文言で抜け道をつくったつもりだろうが、現場は混乱している。沖縄の大規模クラスターの背景には、こうした霞が関話法特有のあいまいさが横たわっている。
感染ワーストの沖縄 人口あたりで東京上回る |
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【医療の裏側】最悪クラスターのうるま病院 背景に認知症患者への接種の遅れ
公開日:
(ソサエティ)
那覇市役所=㏄by地図帳
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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