4月20日、玉城デニー知事は、「旅行等で来県する前には、事前に3回目のワクチン接種を完了するか、居住する都道府県で行うPCR等無料検査を利用し、事前に検査で陰性を確認し、安心な旅行をお楽しみ下さい」とコメントを出したが、はたして効果はあるだろうか。
沖縄には街なかだけでなく、感染が拡大し続けている場所がある。在日米軍基地である。4月21日には米軍関係の新規感染者数は116人と発表された。米軍は基地内でのマスク着用義務を解除しており、感染は止まらない。
問題は、米軍基地からの感染漏出である。基地内と市中の感染がつながっていれば、いくら外の沖縄県民が感染防御をしても「抜け穴」を防げない。この問題について、国立感染症研究所(感染研)の脇田隆字所長は、第2波の感染拡大を踏まえ、2020年8月21日、記者会見で次のように語った。
「われわれはゲノム(遺伝子情報の総体)解析をやっています。感染研のHPでも公表していますけれども、沖縄も含めて調査をして、すべて今回の流行の拡大は東京から由来しているものだと分析しています。米軍かというお話がございましたけれども、沖縄も含めて、東京から由来したものだと理解しております」
脇田所長は、20年6月中旬に東京を中心に新たな遺伝子配列のウイルス(東京由来)が出現して第2波の流行が起き、沖縄も含めてすべて東京由来(米軍由来ではない)と述べている。以降、感染研は沖縄の米軍基地と市中の感染リンクについて明確な見解を示していない。
そこで、この判断の根拠とされるゲノム解析について、いつ、何人を対象に行ったのか、私は感染研に質した。が、第2波でのゲノム解析について確定的な回答がないまま現在に至っていることを、前回のコラムに書いた。
実は、私よりも先に米軍基地からの感染漏出について、情報開示請求で迫った沖縄の市民調査団体がある。「IPP(インフォームド・パフリック・プロジェクト)」だ。代表で社会学者の河村雅美・琉球大学非常勤講師は、沖縄県から市民への情報提供の不十分さに疑問を持ち、開示請求をしている。
IPPが着目したのは、前述の脇田発言からさほど時間が経っていない20年9月10日の『琉球新報』の記事だった。同紙は、「沖縄のコロナウイルス、東京と同系 7月中旬流行の遺伝子、県が分析『全体像は未解明』」と題し、脇田発言を裏打ちするかのような記事を載せていた。以下、引用しよう。
「沖縄本島で7月中旬以降に流行した新型コロナウイルスは、東京と同じグループに属していることが9日までに分かった。沖縄県が国立感染症研究所に依頼し、ウイルスの遺伝子を解析した。(略)東京から沖縄への移動で感染が拡大したことが、ウイルスの遺伝子分析からも推定される結果となった」
沖縄県は、第2波の感染者のゲノム解析を感染研に依頼した。その結果、東京由来と判明したと、同紙は脇田発言をなぞっている。
IPPは、21年11月21日付で感染研に対し、『琉球新報』記事の根拠となるデータ一切、沖縄県への報告、データ、提供物、メールのやりとりなどの行政公文書の開示を請求した。あわせて同日、沖縄県に対しても同じ趣旨の庁内文書などの開示請求を行なった。
これに対し、感染研は、21年12月21日、沖縄の第6波でオミクロン株の流行が米軍基地から市中へ拡がっていたと推測されるころ、「不開示」をIPPに通知してきた。理由は「開示請求に係わる行政文書を保有していなかったため」であり、送り状には「沖縄県の担当窓口にお問い合わせ」を、と記してあった。

沖縄県の開示資料 IPP提供
スライドの3枚目には「1.NGS解析結果の注意点」「2.今回の結果より」と解説らしきものが記されている。そこには「マスコミにこの図を用いた説明をしない(誤解を生む)」と情報漏れを戒めるような文言もある。
興味深いのは「2.今回の結果より」の「わかったこと」である。「基地従業員2名はアメリカ系統の株ではないということだけ」と念を押している。ひょっとして第2波のゲノム解析の対象

さらに「不明なこと(注意)」として「基地従業員2名は基地内感染か県内感染か(米軍との接触以外にも沖縄県民との接触もあったはず)」「米軍で流行しているのは日本の株かアメリカ株か(基地内の調査はしていない)」とある。これでは、とても「沖縄も含めて調査をして、すべて今回の流行の拡大は東京から由来」などと言い切れないのではないか。
臨床疫学の医学博士で筑波大学客員教授、徳田安春・群星沖縄臨床研修センター長は、こう語る。
「このスライド資料からは何も言えません。いったい何人の基地従業員、基地以外の沖縄県民のウイルスのゲノム解析をしたのか、まったく分からない。本来、感染経路不明者を大規模に調べないと米軍由来の株ではないとは断言できません。世界の科学的常識として、感染経路探索目的のゲノム解析では全数検査にちかいぐらい厳密にやって結論を出す。香港やニュージーランドの研究機関などは、そうしている。口で『やりました』では通用しない。情報が不透明で第三者が検証できないものは科学とは言えないのです」
それにしても、なぜ沖縄県はネットワーク図を黒塗りにしたのか。県と交渉したIPPの河村代表は「情報公開条例第7条7号」を根拠にされたと述べる。
「同条例7条7号は、国の事業の情報を公にすることで、『事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの』は開示しなくていいとしています。県に聞いたところでは、黒塗り資料は沖縄県衛生環境研究所が感染研の作成したネットワーク図を引用してこしらえたもの。結局、感染研が絡むと7条7号を盾に情報が出されない。行政発表を裏づけするものが確認できません」
誰のための新型コロナ対策なのだろう。私も沖縄県の担当部署に黒塗りの理由を問うたが、河村氏の説明よりも確かな返答はかなった。第2波では2名の基地従業員のゲノム解析しかしなかったのか、と訊ねても「感染研のデータなのでわからない」の一点張りだった。
こうしている間も、沖縄では感染が拡大している。そこに米軍基地からの感染漏出が関係しているのか。関係しているのなら、どんな手を打つ必要があるのか。対米従属の日米関係が沖縄の感染対策に濃い影を落としているように思えてならない。