冬が近づき、欧州はふたたび新型コロナウイルス感染症の猛威にさらされている。スペインでは非常事態宣言が出され、医療機関がひっ迫したオランダは、患者をドイツに移送している。フランスはとうとう全土で二度目のロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。
一方、日本は4月から5月初旬の第一波、7月から8月中旬の第二波を経験し、GoToブームもあって「ひと山こえた感」が漂っている。新型コロナ対応民間臨時調査会の「調査・検証報告書」は、「……感染拡大パターンにつき一定のシミュレーションはあったが、政府内でこれらのシナリオ別の具体的な対応策の検討がされた形跡は確認されなった」(p413)と記す。
官邸中枢スタッフの一人は「泥縄だったけど、結果オーライだった」と述べている。場当たり的な施策を連発し、たまたま感染が鎮まったと政府関係者も認めている。これで次の危機に対応できるのだろうか。不安をぬぐえない。
そこで、日本のコロナ対策について、「医療提供体制」の視点から眺めてみたい。
そもそもコロナ対策の核心は、いかに重症者を減らし、1人でも多くの命を救うか、にある。そのためには陽性者の症状に応じた医療機関の病床と医療者、宿泊施設の確保が前提となる。病床不足や、患者と病院のミスマッチ、たとえば重症者を人工呼吸器も使いこなせない病院に送ったりすれば命が危ない。医療提供体制の構築こそ、コロナ対策のど真ん中だ。
ならば、厚生労働省はこの問題にどう対処してきたのか。実は、先行したのは現場だった。
1月16日に国内初の感染者が確認され、政府は、2月1日、新型コロナ感染症を感染症法上の「指定感染症(2類相当)」とする政令を施行した。都道府県はすべての感染者(PCR検査陽性者)を指定医療機関の感染症病床(個室)に入院させなくてはならないと受けとめる。
しかし、全国で指定医療機関(特定・第一種・第二種)は410 か所、感染症病床は1871床しかなかった。2月3日夜、集団感染が発生していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が3711人の乗員・乗客を乗せて横浜港に入り、たちまち病床不足の壁にぶち当たる。
検疫をして陽性者を医療機関に送ろうにも、神奈川県の感染症病床は74床しかなかったのだ。またたく間にベッドは満杯になり、受け皿が限界に達するのは目に見ていた。
患者の搬送と受け入れ医療機関の調整は、神奈川県からの出動要請に応えた災害派遣医療チーム「DMAT」が2月6日から担った。DMATは、厚労省に一般病床での陽性者受け入れが可能となるよう感染症法の解釈の変更を求める。これを受けて2月9日、厚労省は入院病床の確保についての「依頼」通知を自治体に出す。
指定医療機関での個室以外での受け入れ、一般の医療機関への入院の道筋が開かれた。法的にもクルーズ船の感染患者の受け皿を確保できる態勢が整った。
そしてDMATは、陽性患者を、従来の軽症と重症の二分類でなく、中等症(酸素吸入は必要だが重症で人工呼吸器を装着するほどではない)のカテゴリーを加えた三つに分け、受け入れ先の医療機関を指定していく。重症者は高度医療機関に、中等症者は公的病院を中心とする重点医療機関、軽症・無症状者は県境を越えて感染症指定医療機関に送った。
実際には、DMATの責任者や厚労省から派遣された医系技官が、各病院の院長たちに片っ端から電話をかけまくり、コロナ用に病床を空けてほしいと説得して回った。その後、市中感染が拡大し、第一波の到来期に全国の自治体が経験することを先取りしていたのだ。
厚労省は、DMATの現場対応で得られた知見をしくみに盛り込んでいく。政策決定に大きな影響を及ぼす「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の初会合が開かれたのは2月16日。横浜港の大黒ふ頭に着岸したクルーズ船から連日、感染患者が下船し、病院に運ばれていたころである。
専門家会議は、2月24日に「クルーズ船からの患者の治療のために首都圏で対応できる医療機関の病床の多くが利用されており、今後、感染を心配した多くの人が殺到すると、医療提供体制が混乱する」「この1~2週間の動向が国内で急速に感染が拡大するかどうかの瀬戸際」と警鐘を鳴らす。
DMATは、3月1日までに乗員・乗客769人を医療機関に搬送し、活動を終えた。
その後の市中感染拡大での病床確保、患者の医療機関への振り分けは、クルーズ船の対応が基盤となった。DMATの司令塔だった阿南英明医師(神奈川県健康医療局技監/藤沢市民病院副院長)は、次のように語っている。
「船の感染者の多くが軽症か無症状の患者さんでしたが、感染症法に基づき全員を感染症指定医療機関に入院させました。神奈川県内だけでは病床が足りず、全国の感染症指定医療機関に協力を要請し、結果的に宮城県や大阪府まで搬送することになりました。世界でも類を見ない非効率なやり方です。しかもこの方々はケロッとしていて食欲もあり、体は「元気」なのです。けれども2回陰性確認しないと退院できないため、「まだですか?まだですか? 私はまだここになければいけないのですか?」と毎日医療者に尋ねるような状態が続きました」(m3.com地域版 8月28日)
軽症・無症状で入院している患者にはストレスがたまり、病院側はモチベーションが萎える。他にも重症の患者がいるのに元気なコロナ患者に手間をとられ、診るべき患者が診られない。病院側はジレンマに陥る。
阿南医師は、こう述べている。「打つ手を考えなければいけないと私は思いました。軽症者や無症状者を感染症指定医療機関に入院させなくてよいようにはならないものかと厚労省に何度も働きかけ、厚労省も検討を始めました。それが後に実現し、全国的に宿泊療養や自宅療養が認められることになります(厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部より4月2日付通知)」(前同)
では、DMATが切りひらいた医療提供体制は、現在、総合的にどのような形になっているのだろうか。毎月、一週間ごとに更新される厚労省の「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況、病床数等に関する調査結果」が参考になる。この調査結果には、都道府県別の陽性者数、確保した病床と使用率、重症者の数と病床使用率、宿泊療養者数、自宅療養者数などが載っている。
各県の医療提供体制に対する感染状況をフェーズ1~4に分けており、概括的な深刻さがわかるようになっている。
ただし、国と都道府県の「解釈」の違いが数字に表れているので注意が必要だ。一例をあげると東京都は確保病床を「2640床」とサイトに示しているが、厚労省は最大限確保した場合の「4000床」を調査結果に表示。基本的なデータぐらい統一してほしいものだ。
欧州で再びロックダウン 日本のコロナ医療体制は? |
あとで読む |
【医療の裏側】神奈川DMATが残した3分別体制が継続
クルーズ船から下船(2月)=Reuters
![]() |
山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)を 8月7日発刊予定。
|
![]() |
山岡淳一郎(作家) の 最新の記事(全て見る)
|