「椋田克子さん(仮名82歳)は、一人でベッドから起き上がれなくなりました」と、利用者の生活を支援するケアプラン会議で、介護スタッフは発言しました。
「周りの利用者の言動にも、関心がなくなったみたいです」と、看護師も続けます。実は、椋田さんは自分より重介護の利用者を見ると、「何でもスタッフにやってもらって甘えている」などと聞こえるように話すので、スタッフは困っていたのです。
ところが、近頃めっきり口数が減り動作も緩慢になって、別人のようです。周りの利用者への攻撃的な態度がなくなったので、介護する者としては助かるのですが、明らかに意欲や身体能力が低下しているので、別の問題が生じています。
スタッフたちは、この急激な変化について心当たりがありました。
新型コロナウイルス感染防止のため、同じフロアーにあるデイサービスの利用者との交流を中止していたのです。椋田さんの入所している施設の利用者は少人数なので、手厚く個別ケアができる利点はありますが、閉鎖的になる欠点があります。
それを解消するために、デイサービスの利用者と交流の機会を持って、一緒に体操やゲーム、カラオケなどを楽しんでいたのです。交流時の椋田さんはスタープレーヤーです。
得点を競うゲームでは毎回上位です。歌も上手なので、カラオケ大会ではマイクを持つと拍手喝采です。だから、自分の力を発揮できる場を失ったのです。
交流の時間を中止しても、施設内で独自に体操やゲームなど行っていますが、いつも同じメンバーなので、単調で刺激はありません。それに加え、1年近く外出をともなったり、地域の人と交流したりする季節の行事も控えています。
介護付きの施設に入所すると外出などの制限があって、社会との接点は減少します。そのため、毎年春になると利用者とスタッフはお花見に行って桜を愛でたり、祭りに参加して地域の皆さんと一緒に歓喜の声を上げていたのです。
夏は屋台の焼きそばやかき氷を食べて昔を懐かしんだり、秋には敬老の日を祝って外食し、施設のメニューにはないご馳走を堪能していました。冬の楽しみはクリスマスイブです。児童養護施設の子どもたちが来訪して讃美歌を歌ってくれます。その天使の歌声で、利用者の心は癒されていました。
しかし、これらの行事を見送った結果なのか、その影響はじわじわと利用者の心身を蝕んで、さまざまな場面に表れています。
法人内の別の施設でも利用者の転倒や認知症の進行、飲酒や希死念慮、抑うつ状態が見られ、悩みは尽きません。こうなることを予測しなかったわけではありませんが、もっと早く新型コロナウイルスは収束すると考えていたのです。
だから、施設の利用者は特別な事情がない限り、一歩も外に出ていなかったのです。でも、もうこれ以上新型コロナウイルスを恐れて、施設内に閉じ込めておくわけにはいきません。
遅ればせながら、施設での生活を見直すことにしました。地域や他の事業所との交流は、感染の観点から無理にしても(ご家族との面会は条件付きですが可能になっています)、まずは外出の機会の確保です。そこで、可能であればマンツーマンで利用者と、屋上やお庭を散歩することから始めることにしました。
たいそうなことではありませんが、普段でも意識しないとできません。天気の良い暖かい日に、太陽の光や風にあたり、季節を感じるだけでも免疫力が上がり元気になります。街中を外出するわけではないので、感染リスクはほとんどありません。
行事が減った今、仕事と仕事の隙間時間を使って短時間でもいいので、チャレンジしてみましょう。利用者の笑顔で、スタッフも生き返った気持ちになるのではないでしょうか。
(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
コロナ巣篭もりは高齢者を蝕んでいる |
あとで読む |
【尊厳ある介護(114)】短時間でも外出で刺激を
公開日:
(ソサエティ)
![]() |
里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
|
![]() |
里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長) の 最新の記事(全て見る)
|