早速私の所属する広島県老人福祉施設連盟(老人福祉の向上発展などを目的として広島市を除く広島県内の社会福祉法人が経営するほぼすべての高齢者施設・事業所が加盟する組織)では虐待防止の研修会を開催することになりました。
研修の目的は、自分たちの行っているケアを具体的に振り返り、虐待の芽に繋がっていないか、自ら気付いて見直すことです。
そのためには職場全体で虐待防止に取り組む必要があります。受講対象者はスタッフだけではなく、施設長にも拡げることにしました。
スタッフの意識が向上したとしても、トップが虐待の深刻さを理解していなければ、虐待を防止することなどできません。
さらに、現場で活かせる研修にするため内容は、ある福祉系の学校の先生に相談することにしました。
すると、その先生も教え子たちの実習先で行われている不適切なケアを憂いておられたのです。
私たちは意気投合し、学生の実習先で体験した事例を用いた研修内容にすることで話はまとまりました。もちろん、講師はその先生にお願いすることにしました。
ところが、私は学生の視点で感じた事例から学ぶだけでは、不適切なケアに鈍感になっている介護施設に届くかどうか確信を持てずにいました。
何かが足りないと思い巡らしていると、「介護の常識は社会の非常識」という言葉が浮かんできました。

この連載をベースにした『尊厳ある介護 「根拠あるケア」が認知症介護を変える』(岩波書店、本体1800円)が出版されています
だから、法律の専門家である弁護士に事例を検討していただき、見解を述べてもらうことで、介護現場では当たり前と思っている常識やルールが法律に抵触していないのか検証する機会にしたいと考えたのです。
しかし、この研修がかえってスタッフたちを委縮させ、過重なストレスを与えるものであってはなりません。
心がけたのは、利用者を虐待の被害から守るだけでなく、気付かぬうちに加害者にならないよう自分たちを虐待から守る研修だということを、しっかりと伝えることでした。

尊厳ある介護の台湾版。2021年9月発刊
たとえば、スタッフが利用者のことを「これ部屋に連れて帰って」と言っていた、入浴を待つ利用者が服を脱がされた状態で何人も待たされている、トイレに行きたいとか帰りたいと言う利用者を無視する等です。他にもいろいろありましたが、心が痛むことばかりです。
介護を志す学生は激減し、介護スタッフが足りないのは社会問題なのに、実習で虐待をみさせられてしまう。それでは学生が希望を持てず、将来のスタッフを失う原因を作っているようなものです。あまりに情けない現状です。

『尊厳ある介護』の韓国版。2022年3月発刊
その疑問を講師をお願いした先生にぶつけると、「そのような学生もいないわけではありませんが、尊敬できるスタッフさんと出会いそのまま実習先に就職する学生も多くいます。実習先の不適切なケアで悩んだ学生には、自分たちで介護現場を変えようと声をかけています」と、力強く答えてくださいました。
その言葉で一筋の光りが差し込んだのです。それでも、私の施設が実習先になっているわけではないのですが、「学生さんごめんなさい」と一人呟きました。
虐待防止研修後、参加スタッフからの意見で多かったのは「仕事に慣れてしまって、何も思わずやってしまうことがある」、「利用者ではなく自分が主体となっている」「してあげているという意識がどこかにある」でした。
だから、私たちがやるべきことは「虐待は絶対に起こさない」という姿勢をトップが示すことです。加えて、定期的な虐待防止やストレスマネジメント研修の実施に尽力し、スタッフが注意しあえるチーム創りをすることです。
さらに、「介護は基本が大切」だということを忘れないようにすることです。
経験値が優先し、自分たちには自分たちのルールがあるという考え方が、虐待の土壌になっています。そのことを、経験の長いスタッフほど気付いていません。
基本を大切にすれば虐待は防げるのです。