「今日も柴田さんは食事を召し上がりませんでした」と、スタッフから管理者に報告がありました。
施設入居者の柴田菊也さん(仮名89歳)は、今年に入ってうとうとされる時間が多くなり、食事量も目に見えて減ってきました。
ご家族にこのことをお伝えすると、「できれば病院ではなく、慣れ親しんだ皆さんに囲まれて最期を迎えさせたいと思います」と、おっしゃいました。
私たちはご家族の思いに応えることにしましたが、新型コロナウイルスから利用者を守りながら、看取り介護をすることは初めてです。乗り越えなければならないハードルがありました。
他の利用者のご家族は新型コロナウイルスで、緊急時以外の面会をお断りしていたのです。
柴田さんの場合は、医師から余命短い看取り期と診断され、まさしく緊急時なので面会は可能です。けれども、何人ものご家族が施設に来られることで、感染リスクは上がります。
そう考えると、ご家族の面会に対して二の足を踏んでしまいます。
反面、人生の最終段階にいる柴田さんとご家族に、悔いのない時間を過ごして欲しいという交錯した思いにもかられます。
そこで、面会時ご家族には施設内に入る前に、まず玄関フロアーで検温し健康状態を確認させていだき、マスクを着用、手指消毒をすまして、速やかに居室に入っていただくようにお願いすることにしました。
その後柴田さんは親密な時を心置きなくご家族と過ごされて、静かに息を引きとられました。
柴田さんの穏やかな死とご家族からいただいた感謝の言葉は、感染症と看取りで張り詰めていた私たちに癒しと力を与えてくれました。
その一方で、さらに憂慮していたことがあります。
面会制限継続中に利用者が急変して帰らぬ人となり、ご家族がその最期に間に合わなかった場合のことです。
新型コロナウイルスが流行る前は、ご家族は自由に面会に来られ、利用者のお顔を直接見て安心されていたのです。
私たちはご家族の面会できない不安を少しでも取り除こうとして、ウエブでの面会、電話での連絡、写真の送付などで、利用者の現状をお伝えしていました。
それでも面会制限が長引くと、会えない理由を頭で分かっていても、会いたい感情が勝って、ご家族の気持ちが揺らぐこともあります。
実際、「窓越しでもいいので顔を見たい」というご家族の申し出もありました。
私たちも何度会わせて差し上げたいと思ったことでしょう。
そのような状況下、利用者にもしものことがあると、たとえウエブ面会などをしていたとしても、ご家族の不安が後悔や不信に変わることがないとはいえません。
しかも、高齢者は少しの環境の変化でも、急激に体調が悪化するのです。
だからと言って、直ぐに全面的な面会解除に踏み切るわけにはいきません。ご家族などが感染し、施設に持ち込むリスクは解消されていないのです。
ですが、利用者とご家族の気持ちを考えて、感染防止に配慮して短時間ですが、面会できるようにしました。
面会方法は、看取り期のご家族同様、玄関フロアーで検温し健康状態を確認、マスク着用、手指消毒です。
面会場所は、いつも利用者が過ごされているフロアーから少し離れている所に設けました。お話する時はビニールシートやガラス越しです。
面会できる人はご家族のみで、人数も制限させていただきました。
もちろん、感染が拡大するようなことがあれば、再度緊急時以外の面会をお断りすることもありますが。
それにしても、いつになれば新型コロナウイルスから解放されるのでしょうか。
若くて元気な人であれば新型コロナウイルスと共存できるのかもしれませんが、今のところ高齢者にとっては、防御の道しかなさそうです。
とはいえ、防御中心の生活を強いられる利用者から、「残された私の時間は短いのです。会いたい時に会いたい人に会っておきたい」と言われた言葉が、私の胸を刺すのです。
(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
入居者の感染防止と家族と「会わせたい」という気持ち |
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【尊厳ある介護(104)】新型コロナで面会制限、そんななかどう看取るか
公開日:
(ソサエティ)
CC BY /Jo Naylor
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里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
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