10月2日中国新聞を読んでいて、不安が的中した記事が目にとまりました。
新型コロナウイルスのため亡くなった広島県三次市の女性の遺族が、訪問介護事業所の運営会社に4400万円の損害賠償を求めて広島地裁に提訴したそうなのです。
母親は一人暮らしで4月3日に発症し、PCR検査で9日に陽性と分かり19日に新型コロナによる肺炎のため死亡されました。
10日に陽性と判明した50代のヘルパーの訪問サービスを、3月23、27、30日と4月2、6日に受けていました。
ヘルパーは3月31日に発熱と味覚・臭覚異常がありましたが、翌日には症状が改善したそうです。
遺族はヘルパーの親族にも新型コロナが疑われる症状が出た4月1日までには、自身の感染可能性を認識できたので、担当ヘルパーが訪問を控えていれば、母親の感染を防げていたとし、運営会社の安全配慮義務違反や使用者責任を問いました。
ちょうどそんな頃、私の住んでいる広島県呉市にも新型コロナウイルスのクラスターが2つ発生し、連鎖拡大していたのです。
それも、最初に発生した飲食店クラスターの中に、その店を利用していた介護老人保健施設のスタッフが2人含まれていて、入所者やスタッフに感染が拡大し、2つ目のクラスターになったのです。
介護従事者が一番恐れていたことが起こったのです。
さらに、不安を煽るかのように、その飲食店は私たちの施設の近所だという情報まで流れました。
その上、新型コロナウイルスに感染した児童が通う施設より「マスクやフェイスシールド・ガウンが足りないので配布してほしい」と、連絡が入りました。
前々回のコラムで書いた広島さっそくネット(「災害時等における相互協力に関する協定」を締結している社会福祉法人などで構成する相互支援ネットワーク。災害や新型コロナウイルスなどが発生した場合、必要な情報や支援物資を届ける)が、こんなにも早く役立ったのです。
新型コロナウイルスは、すぐそこまで来ていると実感した瞬間でした。
なので、いっそうこの記事に釘付けになったのです。
三次市のケースを考えると、3月31日にはヘルパーが発熱などの自覚症状があったので、もしかすると大事を取って訪問サービスを控えていれば、関係者全員こんなに苦しむことはなかったのかもしれません。
そんな遺族の無念さは理解できますが、誤解を恐れずに書くと、訪問系のスタッフは1人でサービスを提供する機会が多いので、急な交代が難しい傾向にあります。
だから、善悪は別として、少々体調が悪くても利用者や他のスタッフに迷惑をかけてはいけないと思って、「よほどのことがない限り訪問に行く」という習性があります。
私の法人が運営する杉並区荻窪の訪問看護ステーションを見てもそうです。
特に独居の利用者の場合は、年末年始やお盆の休業日をはじめ災害時でも、利用者の生活や生命に直結することがあれば、看護師同士勤務をやりくりして訪問します。
ですが、今後は新型コロナウイルスから利用者とスタッフを守るため、これまで以上スタッフの健康管理を徹底し、 体調に変化があれば仕事を休めるよう配慮しましょう。
ただ、スタッフの休みが重なると、サービスに支障が出たり、介護事故が増加したりするリスクも想定されますが。
その後、訴訟は取り下げられ、運営会社が遺族に母親の死に遺憾の意を表し、哀悼をささげることで和解しました。
しかし、私の施設では入所契約時利用者とご家族などに説明する施設で生活する上で発生するリスクに、新型コロナウイルスの項目を加えました。
また、このような提訴があると懸念するのは、長期間のストレスでぎりぎりのところで踏みとどまっているスタッフのコロナ離職です。
そこで、新型コロナウイルス感染防止対策のウェブ研修会を開いて、過度に恐れを抱くことがないようにしたり、孤立を防ぐためコミュニケーションを密にするウェブミーティングを開いたりして、チームで支えあっています。
私たちの不安も利用者に感染しますから。
遺族がコロナ感染で介護事業所を提訴 |
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【尊厳ある介護(111)】訪問介護はよほどでないと交代が難しいが
公開日:
(ソサエティ)
CC BY / wuestenigel
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里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
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