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「もう働けない」ふと漏らした言葉の奥にある感情

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【尊厳ある介護(120)】認知症の人との会話 事実よりも、感情に視点を合わせて

公開日: 2021/02/24 (ソサエティ)

cc0 by Isaac Quesada cc0 by Isaac Quesada

里村 佳子 (社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)

 ある日の昼下がり、エレベターを待っていると、入所者の川口徳介さん(仮名87歳)が形相を変えて施設から飛び出して来ました。

 唖然としていると、今度は新人介護スタッフが慌てて川口さんを追いかけて来ます。

 新人スタッフは「施設に戻りましょう」と川口さんの手を取りましたが、「なぜ、外に出てはいけないのか」と強い口調で言われ、川口さんはその手を払いのけました。

 「感染症が流行っているので、特別なことがない限り外出しないように国から言われているのです」。

 新人スタッフは説き伏せるように言いました。

 「私は家に用事がある」。

 川口さんの帰宅願望は収まりません。

 「息子さんがもうすぐ面会に来てくれますよ」となだめても、「息子は一度も顔を見せに来ない」と眉間にしわを寄せて話されます。

 「つい先日も面会に来てくれたじゃないですか」。

 記憶を訂正すると、川口さんはとうとう黙り込んでしまいました。

 困った新人スタッフは再度施設に戻るよう促しましたが、「私を何歳だと思っているのか。こちらで食事をいただいているが、働いて返しているはずだ」。

 川口さんは一歩も引きません。

 「ここで働いてはいませんよ。生活しているのです」。

 新人スタッフは、川口さんの言葉を否定しました。

 そこに、先輩スタッフがやって来ました。

 そして、「立っていると疲れるのでこちらに座りませんか」と、近くにあるベンチにお誘いしました。

 興奮して疲れていたせいか、川口さんはおとなしくベンチに座りました。

 「家に帰りたいのですか」。

 先輩スタッフは川口さんと視線を合わせて尋ねました。

 「お世話になりましたが、私は年を取っているのでもう働けません。退職させてください」。川口さんは顔を曇らせています。

 「辛かったですね」。

 「働けない」と言われた言葉の奥にある感情を先輩スタッフが察して共感すると、川口さんは大きく頷きました。

 「ところで少し呼吸が荒いので、施設に戻って看護師に血圧を測ってもらいませんか」。

 先輩スタッフは肩で息をしている川口さんを見て、体調の変化に気付きました。すると、素直にその言葉を受け入れてくださいました。

 かつて川口さんは自宅で自由に暮らしていましたが、外出先から家に帰れなくなることが度重なったので、施設に入所されました。

 だから、外出できないことは大きなストレスなのです。その上、入所して間もないので、施設の生活にも慣れていません。不安になるのは当然なのです。

 しかし、新人スタッフは施設から出てしまった川口さんをどうにかして連れ戻そうと焦ってしまい、不安にまで思いを巡らせる余裕がありませんでした。

 そのため、川口さんの問いかけに事実で返すことしかできなかったのです。でも、川口さんは事実など求めていませんでした。

 私たちの施設では認知症の人の言葉を否定しないで、ありのままを受容する研修を実施しています。新人スタッフも研修を受けていたので、頭では利用者の言葉を否定してはいけないと分かっていたはずです。

 ところが、頭で分かっていても、すぐ実行できるわけではないのです。

 一方、先輩スタッフは川口さんが認知症で、時と場所が分からなくなっていることを理解していました。

 ですから、川口さんが施設を職場だと誤って認識していても、それには言及せず感情に視点を合わせて対応したのです。

 川口さんは自分の不安を受け入れてもらえたので、安心して施設に戻りました。

 時に私たちは認知症の人を否定し事実を認めさせて、現実に連れ戻そうとやっきになることがあります。

 そうすると、認知症の人はますます自分の世界に閉じこもってしまうのです。

 実は先輩スタッフは認知症の人を混乱させ、怒らせ、悲しませた辛い体験を乗り越えて、認知症の人を理解できるようになったのです。

 新人スタッフが先輩スタッフと同じように、認知症の人と接することができなかったとしても、経験値が違うので当たり前なのです。

 でも心配はいりません。新人スタッフも認知症の人を理解し寄り添いたいと思う気持ちさえあれば、きっと先輩スタッフのようになれるはずですから。


(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
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里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
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