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口に出して、過去を断捨離する高齢者

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【尊厳ある介護(121)】言葉にできない認知症患者に過去が逆襲することもある

公開日: 2021/03/10 (ソサエティ)

CC BY CC BY /Franck_Michel

里村 佳子 (社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)

 「実は娘にも話してないのですが、亡くなった妻とは再婚だったのです」と、石原修二さん(仮名88歳)は、遠くを見ながらおっしゃいました。 

 そして、前妻と結婚し別れたいきさつなどを話し始めたのです。

 ただただ聞いていたのですが、思い切って石原さんに「なぜ前の結婚のことを娘さんに知らせなかったのですか」と、尋ねてみました。

 すると、あれだけ饒舌だったのに、急に黙り込んでしまったのです。

 石原さんは判断力や記憶力は低下していませんでしたが、体調に不安を感じたので施設に入所されました。

 娘さんが近くに住んでいてお父さんのお世話をしていましたから、関係性は悪いわけではありませんでした。

 だから、自分の過去を話そうと思えば話せたはずです。

 どうして娘さんにも話さない昔のことを、私に告白したのか分かりませんが、 その後、石原さんはそのことについて触れることはありませんでした。

 どうやら、高齢になると胸の奥にしまっていた過去を、誰かに話してしまいたい思いに駆られることがあるようです。

 それは、認知症の人も同じです。

 ある日、大木辰子さん(仮名91歳)のお嫁さんから、「認知症の母さんのことで相談があります」と言われ、お宅に訪問しました。

 大木さんは昼夜が逆転し夜になると大きな叫び声を上げるので、ご家族は困っていらっしゃいました。

 私はいつものようにこれまでどのように生きてきたのか大木さんに生活歴を尋ねました。

 すると、「私は夫を裏切って不義密通を犯しました。だから打ち首獄門になるのではないでしょうか」と、思いつめた表情で言われたのです。

 不義密通とか打ち首獄門という古のおどろおどろしい言葉で、周りにいた者は固まってしまいました。

 その告白が事実なのかそれとも妄想なのか分かりませんが、大木さんはずっと夫を裏切った罪で、いつか罰が下るのではないかと怯えていたのです。

 そして、打ち首獄門にさらされる自分の姿が悪夢となって表れ、夜な夜なうなされていたようすでした。

 私は昼間デイサービスを利用して活動量を上げ、夜間に眠っていただくことをご家族に提案しましたが、大木さんの不安を取り除く適切な言葉をかけることはできませんでした。

 年を重ねるとさまざまな役割から解放され、あり余る時間が与えられます。

 そこで、振り返りたくない思い出や取り返しのつかない過去がある人は、それらを断捨離したくなるようです。

 人生の重荷を下ろし、身軽になって旅立つ準備をしているのかもしれません。

 そのやり方は、言葉にして吐き出すことなのです。

 それができない認知症の人は、理性の蓋が外れた時押さえ込んでいた過去が、逆襲に転じることがあります。

 不安や妄想、帰宅願望、不潔行為など認知症の行動・心理症状(BPSD)に化すのです。

 他方、断捨離すべき過去のない人もいます。

 綾部民雄さん(仮名92歳)はそうでした。

 綾部さんはお子さんがいないこともあって、周りの人に迷惑をかけてはいけないと自ら希望して、施設に入所されました。

 身元保証人は甥夫婦で、何かあればすぐに施設に駆け付け、親身に関わっていらっしゃいました。

 綾部さんは認知症を患っているので何でもすぐに忘れてしまいますが、口癖のようにこうおっしゃっていました。

 「私は良い人に恵まれ、やりたいことをやって生きてきた。幸せな人生だった」。

 そんな潔い綾部さんとて、無念や不運を嘆いたりすることがあったのではないかと推察します。

 しかしその人柄を知れば知るほど、その時々を悔恨残さず丁寧に生きてきた姿が見えてきます。

 だから、過去のどの場面を切り取っても、血も涙も流れ落ちないのです。傷は癒され完治しています。

 私は綾部さんのように過去に折り合いをつけて生きたいので、一日の終わりは静まって自分の言動と動機を内省する時を持つようにしました。

 けれども、同じ内省を繰り返すばかりで解決には至りません。

 平和な認知症になるための道程はまだまだ長いようです。

 (注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
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里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
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