世の中にはある時期にだけ使われ、いつの間にか消えていく言葉がある。流行語大賞ほどの派手さはないが、耳に残るあの言葉この言葉。それは現代社会の奥底に広がる怪しげな空気を映し出す。人々は言葉に何を託したのか。第一回は「ぶっちゃけ」。
テレビのバラエティー番組で必ず出てくる若者言葉である。「ホンネを言うと」の意味で、タテマエに終始する展開を打開する役割を担い、後には事前に仕込んだエグい逸話が語られる。お笑い系の男子では効果は薄く、正統派の女性タレントが使うと一気に盛り上がる。
語源は諸説あるが、「ぶちまける」と「打ち明ける」が女子高生らによって混同されてできたとの説が有力だ。副詞形で使われる「ぶっちゃけキモい」は「はっきり言って気持ち悪い」。動詞化した「ぶっちゃける」は「あらいざらい告白する」。
これに近いニュアンスで語られる類語は昭和の時代からいくつかあった。たとえば今でも新橋界隈の居酒屋でオヤジたちが頻発する「俺に言わせれば」。予定調和をぶち壊してホンネを語る際の予告文句という点では同じだが、こちらは誰も聞いてくれないから自ら名乗り出る気恥ずかしさを押し殺す効果を持つ。
女性たちの「ぶっちゃけ」はしらふでも使うが、オヤジたちは小心なので「俺に言わせれば」のそばには必ずアルコール類が控えている。
「ぶっちゃけ」が広まったのは、2003年のテレビドラマ「GOOD LUCK‼」で木村拓哉が連発したことがきっかけとされる。朝日新聞データベースで「ぶっちゃけ」を検索すると、それまで年間ほんの数件だったのが03年に15件、04年に19件と一気に増えた。
2000年代前半の世相は、金融不況で閉塞感が漂う中、小泉純一郎が「自民党をぶっ壊す」と吼えて首相に就任。ひざの故障をおして武蔵丸を投げ飛ばした横綱貴乃花が引退し、奔放な朝青龍が横綱に昇進するなど、時代が湿った「鬱」から乾いた「躁」へと変わる過渡期にあった。
誰もが発信できるSNSの普及も、そんな空気に拍車を掛けた。詰まるところ「ぶっちゃけ」は因習と古い規制で身動きが取れなくなったこの国を打開しようという合言葉だったのだ。
だが、今日使われる「ぶっちゃけ」には、発祥当時にあった「思い切って言います」という緊張感が消えている。単なるウケ狙いの何でもあり。露悪趣味の枕詞に成り下がった感さえある。「ぶっちゃけ」が広がってから十余年。あらかたのシキタリをぶち破ったのだから当然と言えば当然。希少性が宝だったホンネはそこらじゅうにあふれ、もはや「ぶっちゃけ」る必要がなくなっているからだろう。
タテマエだけの世界は息苦しいが、ホンネが安売りされる世も鬱陶しい。最近はその反動からか、ぶっちゃけ続ける若者たちに「たしなみ」を説くオヤジたちも増えている。もちろんアルコール付きで。
「ぶっちゃけ」 2000年代前半、小泉改革劇場のころに普及 |
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【現代「要」語の基礎知識(1)】いまや「ぶっちゃける」必要は薄れ
公開日:
(ソサエティ)
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ゾルゲかわはら(コラムニスト)
現代社会を街場から観察するコラムニスト。金子ジムでプロボクサーを目指すも挫折。鮮魚卸売業、通信社記者、東大大学院講師を経て2019年からフリー
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