「悪いんだけどさあ、先週決めたあの件、いったん保留にしてくれないかな」「ええっ、部長、あれで行こうって言ったじゃないですか」。オフィスで毎日のように交わされるこんな会話。部長はその晩の居酒屋で「ブレまくり」となじられることになる。
現代社会においてリーダーたるものの資質の一つとして重視されるのが、みだりに意見を変えないことだとされる。たしかに考え方に一貫性があるリーダーは頼もしく見える。反対に、ふと頭に浮かんだことを指示し、しばらくして撤回する「思い付き」型のリーダーは最悪だ。
でもでも、ふと思ってしまう。ブレないことは目的を達成するための手段の一つであって、それ自体が目的ではない。ブレないことだけに固執するリーダーの方が「思い付き」型よりもタチが悪いのではないか。
その昔、この国が敗色濃厚になっても戦争を止められなかったのは軍幹部の意地と面子があったからだ。1990年代後半の金融不況が長期化したのも「銀行に公的資金(税金)は投入しない」とした政権の当初方針を墨守したためである。
コロナ禍第三波が襲った昨年末、GoToキャンペーンを止めらなかったのも同じ構図だろう。情報が更新され環境が変化する中で、当初決めたことを頑固に守るリーダーはしばしば世の中を誤った方向に導く。手段に固執すると目標が見えなくなり、世の中を破綻に導くことを歴史は教えている。
正しくブレる上司は事実に対して謙虚だ。当初の判断をした時点で見えなかった事実や情報が追加されることは往々にしてある。それを加味すると当初の考えが変わり「しまった」と思う。いったん決めてしまった自分のメンツもある。しかし目標を達成するにはメンツよりも大事なものがあると思い至る。だからブレることを恐れない。
では現代社会でなぜブレないことがこうも持て囃されるのか。ブレないことを求める今の空気は、決定権者の意地やメンツが幅を利かせた昔と違い、上司と部下の力関係の変化が背景にあるようにみえる。
今日の組織はひと昔前に比べて部下の立場が強い。愛社精神が薄い今の若者たちはいつも転職を頭に置き、出世意欲にも乏しい。だから上司がブレることよってもたらされる大きな負荷を露骨に嫌う。作業を一からやり直す。途中までできた文書を破棄し、関係各所に詫びを入れ、また根回しする。「あ~めんど~くせぇ」というわけだ。
しかし、それは本来給料分の仕事であり、仕事というものはそうした曲折を経て磨かれるものではなかったか。「ブレない」ことをもてはやす現代の風潮は合理の反映ではなく、安きに流れる人間の弱さを映しているようにみえる。
「ブレない」 が持て囃されているが |
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【現代「要」語の基礎知識(4)】面倒くさくない上司を求める安き風潮では
公開日:
(ソサエティ)
菅首相のポスターから
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ゾルゲかわはら(コラムニスト)
現代社会を街場から観察するコラムニスト。金子ジムでプロボクサーを目指すも挫折。鮮魚卸売業、通信社記者、東大大学院講師を経て2019年からフリー
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