電車の中で女子高生と思しき3人組の会話が耳に入ってきた。
「〇〇ちゃんさあ、最近部活出てないじゃん」「ああ、あの子病んでるらしいよ」「あ、そーなんだ」。彼女たちの〇〇ちゃんに関する話題はこれで終わり。テーマは淀みなくセンセイの悪口に移っていった。おいおい、どうして病んでるか聞かないのかよ。聞き耳を立てている当方が言う話ではないが、頭がつんのめった。
うつ病やストレス性疾患など精神的なやまいはひと昔前に比べて格段の“市民権”を得た。誰もが多かれ少なかれメンタルに負荷を抱えているご時世、かつてのようにひた隠しにする病ではない。しっかり処方すれば社会復帰もできる。だからこそ、もっと状況を聞いてやるべきでは、というのは筆者のような古い世代の勘違いのようだ。
後日、若者文化に詳しい女性教授に話すと笑われた。彼女いわく若い人が使う「病んでる」は精神的なやまい以前の、ちょっとした悩み程度の意味である。ちょっと機嫌悪いけどごめんね、ぐらいのニュアンスらしい。だから、そんなに深刻に介入しちゃいけない。
いやむしろ、「病んでる」は、若い世代にとって「しばらく放っといて」という意味なのだそうだ。つまり詮索無用の決めゼリフ。「病んでる」、以上、終わり!ということだ。
それがちょっと上の世代には伝わらない。自ら「俺、病んでるんで」なんて言って、先生をたじろがせる生徒もいるという。
彼女いわく、この言葉には微妙な含意もあって、「病み終わったら、またフツーに受け入れてね」というメッセージもあるのだそうだ。だから戻ってきても「悩みは何っだったの?」とか「たいへんだったね」なんて同情はご法度。何事もなかったように、また仲間に入れてほしいということらしい。いやはや、これは受け入れる側も神経を使いそうだ。
でも、よくよく考えてみれば今の若い世代はたいへんな環境で生活している。露骨ないじめは少なくなったかもしれないが、電子空間でのサークルづくり、常時つながるSNSで求められる即レス。当たり前になった中学受験に、お笑い感度の急上昇…。
昔のような熱血教師やお節介をやく世話人も不在。もはや逃げ場がないので、彼らは「ちょっと病んでる」と自己申告して、いったん場外に逃れるしかないのだろう。
精神的やまいの社会的認知を逆手にとって、公的世界から一時避難を試みる。でも、戻ってくる時のスペースはあらかじめ確保しておく。「病んでる」という言葉に込められているのは、あっけらかんとして最近の若者たちのサバイバル術なのかもしれない。
『病んでる』 あっけらかんの若者サバイバル術 |
あとで読む |
【現代「要」語の基礎知識】過度な介入は禁物?
公開日:
(ソサエティ)
ペイレスイメージズ
![]() |
ゾルゲかわはら(コラムニスト)
現代社会を街場から観察するコラムニスト。金子ジムでプロボクサーを目指すも挫折。鮮魚卸売業、通信社記者、東大大学院講師を経て2019年からフリー
|
![]() |
ゾルゲかわはら(コラムニスト) の 最新の記事(全て見る)
|