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『虎キチ』 裏街道人生歩む人の受け皿 

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【現代要語の基礎知識(10)】五輪が逆照射する「人生は敗けの方が多い」の価値体現

公開日: 2021/08/13 (ソサエティ, スポーツ/芸術)

村山実投手=ベースボール・マガジン社 『相撲』1959年12月号、PD 村山実投手=ベースボール・マガジン社 『相撲』1959年12月号、PD

 東京五輪は予想通り日本勢が多くのメダルを獲得し、コロナ禍の沈んだご時世にいくばくかの活気をもたらした。メダリストはマイクを向けられるとほぼ例外なくコロナ禍での大会開催に謝意を述べ、支援してくれた家族や先輩後輩、関係者に礼を尽くした。それはそれで本心であろうし、高みを極めたアスリートの人間性かくやと思う。

 ただ連日こうした場面を見ていると、次第に不思議な違和がまとわりついてきた。メディアが選ぶシーンのほとんどが敗者を含めて「感動」と「勇気」に埋め尽くされ、私たちフツーの人間が持つ「弱さ」が忌避すべきものとして遠ざけられている感じがするのだ。

 そんな時、筆者が一層恋しく思うのはダメ虎と称される阪神タイガースである。それはこの球団が五輪の華やかさとは対極の、ある種の垢ぬけなさと庶民性、肝心な時に勝ちきれない「弱さ」を体現しているせいだろう。五輪が非日常性の最たるものだとすれば、阪神という球団はどこにでもある私たちの日常なのだ。

 ほとんどの人の人生は勝つことより負けることの方がはるかに多い。五輪のメダリストに「勇気」や「感動」をもらうのはいいが、負けた自分、うだつの上がらぬ自分をどう処理するかはもっと切実な、日常的課題である。そんなややこしい葛藤を抱える連中の受け皿がこの大阪の球団であり、それを囲う面々は昭和の時代に「虎キチ」と呼ばれていた。

 東京生まれの筆者が「虎キチ」になったのは、1959年の天覧試合で長嶋茂雄にサヨナラ本塁打を打たれた村山実(1936-98)の言葉がきっかけだ。「あれはファールでっせ」。檜舞台で屈辱を味わった村山が、自分を支えていくために諧謔を込めてひねり出したのがこの言葉だった。確かに打球はレフトポールぎりぎりだったが、観客の動きから見ても間違いなく本塁打。それを村山は生涯ファールだと言い続けた。

 「向こうが一枚上でした」とか「次は絶対勝ちます」ではない。議論の余地のない本塁打を、外聞も気にせず「ファールだ」と言い放つ。この未練がましさ、言い訳以外の何物でもない「弱さ」こそ誰もが持つ人間の本性ではないかと筆者は思う。

 「弱さ」を正面から受け止めて克服することは大事だろう。でも深く傷付いた心を立て直すには、言い訳も時には必要だ。それがこれから先を生きていくための駆動力になるのであればいいではないか-。村山の言葉は、そんな人生の歩き方を教えてくれているように思えた。

 ある時「虎キチ」が集う酒場で、こんなダメダメ球団になぜ心を奪われたのかが話題になった。商社マンの男はこう言った。「わがチームはほぼ20年に一度しか優勝しない。連覇が至上命題のお江戸の球団とは違う。彼らは毎年、いや毎日山海の珍味を味わっているが、わが方は普段は粗食で、20年に一度ご馳走が出てくる。この格別の味わいはお江戸の球団ファンにはわからない」

 たしかにそうだ。幾多の輝かしい場面を持つお江戸の球団ファンと違い、わが方は1985年4月のバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発の話だけで何度も酒が飲める。そういえば筆者が子供の頃、「虎キチ」だった筆者のオヤジは「阪神の優勝を3度見たら人間の一生は終わるんや」と真顔で言っていた。

 「身内に一人くらい、自分より出来の悪いやつがいていい」。こう解説したのは2人の兄が東大出で、一人我が道を行ったギタリスト。そう、「虎キチ」の中には阪神を親族の一人と思っている阿呆が案外多い。彼いわく「たまに勝ち続けると不安になるんや。なんか自分一人取り残された気分で」。

 いや、わかる。筆者も「ああ、また負けたか」と言いながら、わが身と照らし合わせて安心するクチだ。だから出だしから好調の今シーズンはなんだか落ち着かない。夏場に入って負けが込み始めると「やっと調子が出てきたか」と、ダメなせがれが実家に戻ってきた気分になる。

 最近の阪神ファンは他球団と変わらないスマートな人が増えてきた。一方で、昭和の時代をダメ虎と付き合い続けた「虎キチ」(この言葉自体もはや放送禁止用語だが)は、おのれの裏街道人生の支えとしてこの球団を愛し続けている。

 そんな希 少動物の生き残りである筆者は、この夏、まぶしすぎる五輪に背を向けて、阪神の練習試合を 放送するケーブルテレビにチャンネルを合わせた。そこは普段と変わらぬ「日常」であり、世の喧騒から遠く離れた桃源郷のようでもあった。

ゾルゲかわはら (コラムニスト)

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ゾルゲかわはら(コラムニスト)
現代社会を街場から観察するコラムニスト。金子ジムでプロボクサーを目指すも挫折。鮮魚卸売業、通信社記者、東大大学院講師を経て2019年からフリー
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