地球温暖化対策の新しいルール「パリ協定」が来月11月4日発効する。採択から1年足らずの異例な早さでの発効だが、日本は完全に世界の流れを読み切れず手続きが遅れ、発効前の批准が絶望的になっている。
協定発効には55カ国以上が批准し、世界のGHG(温室効果ガス)排出量が55%以上を超えた場合、30日後に発効する約束になっている。先週5日、パリ協定の発効を発表した国連によると、同日時点で74カ国・地域が締結し、排出量は56.87%に達し発効の条件を満たしたとしている。
発効が決まったことで11月7日からモロッコ・マラケシュで始まる第22回国連気候変動枠組み条約会議(COP22)に合わせ、協定に批准した国・地域による第1回締約国会議が開かれる。この場で温暖化対策の大枠を定めたパリ協定の具体的なルールづくりが始まるが、批准が遅れ締約国ではない日本は、大切な意思決定に参加できないことになる。
欧米先進国だけではなく、中国、インドなどの大量排出国など世界の主要国70カ国以上が締約国になっている中で、日本の出遅れはいかにも日本が消極的な国であるかのような印象を与えてしまう。
なぜこんな不名誉な事態を招いてしまったのだろうか。最大の理由は11年3月の東日本大震災、それに伴う福島原発事故以降、日本の温暖化対策に取り組む熱意、姿勢が京都議定書の約束期間(08〜12年)時代と比べ極端に低下、消極的になってしまったことが指摘できるだろう。
京都議定書は97年12月に京都で開かれたCOP3で採択された。その時は日本が主催国でもあり、議定書採択に積極的に取り組み、日本の姿勢は世界的にも高く評価された。国内では官民一体となって「京都議定書目標達成計画」を作成、日本の公約である約束期間内にGHGの排出量を「90年比6%削減」の目標を達成した。この段階では日本はEU(欧州連合)ほどではないが、温暖化対策の優等生だった。
京都議定書の約束期間終了後の13年以降の世界のGHG削減のための新しい国際的枠組みはまだ成立していなかった。国連は09年末、デンマークのコペンハーゲンで開催したCOP15で、2020年の排出削減目標を提示するよう主要排出国に求めた。民主党政権下の日本は、「90年比25%削減」の目標値を提示した。EUに劣らない野心的な目標で、「日本もやるね」と世界の高い評価を受けた。
だが、日本は福島原発事故以後、温暖化対策への取り組みが極端に消極的になってしまった。日本の中長期のGHG削減対策は原発推進路線で達成する計画だったが、原発事故でこの路線が破綻してしまった。
13年12月にポーランドのワルシャワで開かれたCOP19で、日本は2020年目標の「90年比25%削減」を撤回し、「05年比3.8%削減」(90年比3.1%増)へ目標値を大幅に引き下げた。原発事故があったとはいえ、「あまりに低過ぎる」との批判が国際的に巻き起こった。
これ以降、「温暖化対策劣等生の日本」、「温暖化対策に消極的な日本」というネガティブなレッテルがはられるようになった。
昨年、パリ協定の発足に先駆けて、国連は主要排出国に対して2030年のGHGの排出削減目標の提出を求めた。米欧、中国などは早々と提出したが、日本は大幅に遅れて「13年比26%削減」を提出したが、EUなどと比べればとても野心的な数字ではなかった。さらに欧米主要国、中国、インドなどが一斉にCO2排出量の大きい石炭火力の縮小、廃止に動く中で、日本だけが大型石炭火力の新増設を推進している姿にも批判が高まっている。
今回のパリ協定の発効に日本が乗り遅れたのも、日本の取り組みが劣化していることと無関係ではないだろう。温暖化対策に熱心なら、世界に先駆けて批准し、各国に早期批准を呼びかけるぐらいの行動に出てしかるべきだ。だが実際には欧米の出方を見て、その上で対応すればよい、といった消極的姿勢に終始した。早期批准に踏み切った米国の政治情勢の読みを誤り、批准が後手に回ってしまった。
温暖化対策劣等生の日本はどうすべきか。当面の対策としては、名誉挽回のため、無理とされる発効前の批准を目指す政治決断が一つの選択だが、安倍政権にそれだけの熱意と覚悟があるだろうか。中長期的には原発推進路線を放棄し、再生可能エネルギーを基幹エネルギーとする新しいエネルギー政策に転換すべきだろう。化石燃料を原発で代替するGHG削減路線は今後大地震の多発が予想される日本ではリスクが多過ぎる。
さらに原発事故以降、日本の省エネ化が急速に進んだ。14年度の日本のGHG排出量は原発稼働がなくても前年度比3.1%減を達成した。事故後初めてだがこの傾向は今後も続くと見られる。
政府は今年5月、早々と猛暑の「6〜9月」期、企業、家庭に節電要請をしない方針を決めた。11年3月の福島原発事故以降、毎年節電要請をしてきたが、今夏は例年以上の猛暑が予想されているにもかかわらず、要請を取りやめた。
経済産業省によると、事故前の2010年夏と比べた今夏のピーク時の電力需要(大手9社)は、気温の上昇や経済規模の拡大を考慮しても、約14%減の1億5550万キロワット程度に止まると判断した。
日本のエネルギー構造は、原発なしでもやっていける方向へ急速に変化している。日本が温暖化対策の劣等生を返上し、再び優等生に復帰する道筋ははっきり見えてきた。
京都議定書の優等生 原発事故で一変 |
あとで読む |
【緑の最前線(28)】日本のエネルギー政策を考える
公開日:
(ソサエティ)
![]() |
三橋 規宏:緑の最前線(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
|
![]() |
三橋 規宏:緑の最前線(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授) の 最新の記事(全て見る)
|