~政府は閉鎖を躊躇すべきではない~
政府の大型プロジェクトの中には、スタート当初は非の打ち所がなく国民から歓迎されたが、時代の変化の中でその存在感が薄れ、「無用の長物化」するものも少なくない。政府は万能の神ではないので間違いもある。それを非難するつもりはないが間違いと分かれば、勇気を持って「廃止」に踏み切る決断が求められる。六ヶ所村の再処理工場がその典型といえるだろう。
「準国産エネルギー」確保を支える核燃料サイクル政策の要のプロジェクトとして、1993年4月に着工した。97年の完成予定だったが,トラブルが相次ぎ24回も延期された。2006年に使用済み燃料を使った試験運転が始まったが09年に配管から高レベル廃液が漏れるなどのトラブルが続いた。対応に追われている間に東日本大震災が発生、再処理工場は一度も本格稼働できないままで今日に至っている。
その六ヶ所再処理工場が注目されたのは先月(7月)下旬、原子力規制委員会が同工場の提出した審査書案を新規制基準に適合すると了承したためである。同工場を運営する日本原燃は21年度上期までに残りの作業を終え稼働させたい意向だ。
だが情勢はそれほど甘くはない。今後,詳細な設計をまとめた設計・工事計画の認可,使用前の機器の検査など多くの規制上の手続きが残っている。
通常の原発なら半年か1年程度で検査は終わるが、再処理工場は機器の数が多く、「機器の数で単純計算したら数年、うまく進んでも1年はかかる」(更田豊志委員長)と委員会では判断している。規制上の手続きを終えても地元の同意を得る必要がある。これまでに様々なトラブルを引き起こしてきた施設だけにすんなり稼働にこぎ着ける保証はない。
再処理工場は全国の原発で使い終わった核燃料(使用済核燃料)から原子炉内でプルトニウムとウランを取り出して再利用する施設だ。施設は幅500メートル、長さ1キロメートルにわたって、20近くの建屋が並び安全上重要な設備が約1万点もある。規制委は東京電力福島第一原発事故の後にできた新しい規制基準に基づいて約6年かけて安全性を審査し合格を出したことになる。
近い将来、再処理工場が稼働した場合、核燃料サイクルは順調に作動するだろうか。この点に関して言えば不安材料が山積している。
▼「もんじゅ」の解体
最初に指摘しなければならないことは核燃料サイクルのもう一つの柱である高速増殖原型炉「もんじゅ」の解体だ。「もんじゅ」は「夢の原子炉」として、戦後日本の原子力エネルギー政策を象徴する存在だった。ウランに高速中性子を当てると、中性子を吸収してプルトニウムに変化し増殖するため、発電に使ったプルトニウムよりも多くのプルトニウムが生産できる。増殖炉の燃料は使用済核燃料を処理して取り出したプルトニウムにウランを混ぜたモックス(MOX)燃料を使う。この燃料は六ヶ所再処理工場が供給する。
「もんじゅ」の建設工事は1985年に始まり、91年に完成した。95年8月から発電を開始したが同年12月に冷却用ナトリウムが漏れる事故で運転を停止した。その後も点検漏れなど安全上の不祥事が相次ぎ、十分な成果を上げないまま16年12月に廃炉が決まり、現在解体作業が続けられている。
「もんじゅ」が成功し、高速増殖炉が商業化できれば,MOX燃料の需要は拡大するはずだったが、それが不可能になってしまった。
MOX燃料は既存の原発の一部でも利用できる(プルサーマル発電)。現在新基準に合格した原発は9基あるがこのうちMOX燃料を使える原発は4基に過ぎない。再処理工場が稼働し順調にMOX燃料を生産するようになれば、10基以上のプルサーマル発電用の原発が必要になるがそのメドはたっていない。
再処理工場が稼働しても,生産されるMOX燃料の行く先はほとんどないのが現状だ。
▼プルトニウムの保有拡大に米国は警戒
稼働させれば核兵器の材料になるプルトニウムが増え続けることになる。再処理工場では使用済核燃料を処理して年間約7トンのプルトニウムをつくる。日本はこれまで海外に委託して再処理した分を含めてすでに約46トン(18年末時点)のプルトニウムを持つ。米国は日本に余剰プルトニウムの削減を求めておりこれ以上増やすのは難しい。再処理工場を稼働させれば、プルトニウムの保有量は増え続け、安全保障上の脅威として国際社会から批判が強まるだろう。
▼六カ所再処理工場は金食い虫
六ヶ所再処理工場が着工した93年当時、建設費は約7600億円が見込まれていた。その後、建設過程で様々な事故が発生し、現在建設費は当初の約4倍の2・9兆円に膨らんでいる。今後の運転や廃止措置を含む総事業費は14兆円近くに達する見通しだ。
この数年、地球温暖化による異常気象で日本各地は集中豪雨による洪水、崖崩れなどの深刻な被害を受けている。今年に入ってからのコロナ禍の影響も深刻で、政府支出が嵩み、財政収支は大幅な赤字に落ち込んでいる。
原子力規制委員会から稼働へ向けお墨付きを得たとはいえ、六ヶ所再処理工場をいまさら稼働させてもお金ばかりがかかり、プルトニウムの取り扱いなどあらたな国際問題を引き起こしかねない。政府は、この際、過去の経緯にこだわらず、無用の長物化した六ヶ所再処理工場の閉鎖に踏み切る決断をすべきだろう。
金食い虫の再処理工場、政府は廃止の決断を |
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【緑の最前線(84)】六ヶ所再処理工場は無用の長物
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三橋 規宏:緑の最前線(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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