日本における新型コロナウイルスの累計感染者数が3万人を超えた7月26日、東京慈恵会医科大学の清田浩客員教授は、テレビ朝日「サンデー・ステーション」に出演し、「日本における新型コロナウイルス用のワクチンの実用化は最短で来年2月になる」との見通しを明らかにした。
新型コロナウイルス用のワクチンについては、世界全体で166の計画があり、25のプロジェクトで臨床試験が実施されている(7月26日時点)。早期実用化のためにプロセスを効率化する試みも活発化している。
清田氏の念頭にあるのは、オックスフォード大学と英アストラゼネカが開発中のアデノウイルスワクチンであり、早ければ9月には英国で実用化されると言われている。
このワクチンに関する日本国内の臨床試験は8月に開始される予定であり、年内に試験を終了させ、早ければ来年2月に承認されるという。実用化されれば、優先的に投与されるのは医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人々になるが、2021年に開催予定の東京オリンピックの実現にとって「追い風」となることは間違いない。
新型コロナウイルスのパンデミック以前の状態に戻すために、抗体を持つ人に移動の自由を与える「免疫パスポート」の議論が経済学者を中心になされているが、その決め手として期待されているのはワクチンである。
メッセンジャーRNAワクチン(遺伝子ワクチンの一種)を開発している米モデルナや米ファイザー・独ビオンテック合同チームも7月27日、第3段階の臨床試験を開始した。
このように世界でのワクチン開発は猛烈な速度で進んでいるが、死角はないのだろうか。
新型コロナウイルスは、インフルエンザに比べて人の体内であまり増殖せず、抗体ができにくいことから、オックスフォード大学等は抗体を作る点で優れているアデノウイルスワクチンを開発している。アデノウイルスとは風邪のウイルスの一種だが、これを弱毒化して利用しているのである。しかし、アデノウイルスを利用すると、発熱や倦怠感、肝機能障害などの副作用が生じやすいという問題点がある。
オックスフォード大学等と同様、アデノウイルスワクチンを開発している中国カンシノ・バイオテクジーの第1段階の臨床試験では、発熱や倦怠感、頭痛といった副作用と見られる症状が治験者の5割に上ったことから、カンシノ社との共同開発者である中国の中央軍事委員会は6月25日、このワクチンの投与を人民解放軍内に留める決定を下した。
次に挙げられるのは、高齢者に効きにくいという問題がある(7月21日付ナショナルジオグラフィック日本)。免疫機能は老化により衰えるとともに、加齢による慢性的な炎症がワクチンの作用を阻害するからである。
ワクチン開発はこれまで「小さな子どもたちの命を救う」ことに焦点が当てられてきたが、新型コロナウイルス用のワクチンを必要としている対象(高齢者等)には、ワクチンが最も効かない可能性が高いのである。
「ワクチンの真価が本当に明らかになるのは、正式に承認されて広く一般に接種されてからだ」との指摘もある。
臨床試験はあくまでも管理された環境下で行われるものであり、たとえ臨床試験をすべてパスしたワクチンでも、効き目に違いが出てくることがあるからである(7月4日付ナショナルジオグラフィック日本)。
「ワクチンを打ちたくない」という人が一定数いることも懸念材料である。いわゆる「ワクチン忌避」という1世紀以上前から存在する古くて新しい問題だが、SNSなどを介して科学的根拠の乏しい反ワクチン派の主張が流布しやすい状況となっている。
ワクチンは健康な人にも投与するので、効果よりも有害事象の方が目立ちやすいという宿命がある。政府は「多くの人がワクチン投与により免疫を獲得することで感染症の拡大防止に効果がある」ことを国民に対して丁寧に説明する必要があるが、アデノウイルスワクチンの投与で副作用が発生するような事態になれば、メデイアはこぞってその危険性を問題視することだろう。
このように、ワクチンについて様々な問題があることから、医学分野の専門家は「ワクチンに全ての望みをかけるのではなく、より包括的な戦略を検討すべきだ」としている(7月23日付CNN)。
ワクチンよりも実現のハードルが低いのは治療薬の発見・開発である。発症している患者に投与する治療薬はワクチンほど徹底した安全性が求められないからである。
厚生労働省は7月22日、新型コロナウイルスの治療薬として、ステロイド薬「デキサメタドン」を認定した。5月に承認された新型コロナウイルスの増殖を抑える「レムデジビル」に対して、デキサメタドンは症状の悪化に伴う過剰な免疫反応を抑えるなどの作用があると考えられている。
デキサメタドンは免疫機能を抑止することから軽症段階では使用できないが、過剰な免疫反応を引き起こすインターロイキン6の分泌をピンポイントで抑える関節リウマチ薬「アクテムラ」も医療現場で徐々に使われ始めている。開発者である中外製薬や親会社のスイス・ロシュが実施している第3段階の臨床試験はまもなく終了する予定である。
「重症化を未然に防ぐ」という画期的な効果を発揮すると期待されるアクテムラが、第3の治療薬として承認されれば、ワクチンがなくても、新型コロナウイルスのさらなる襲来で医療現場が崩壊することを未然に防げるのではないだろうか。
猛烈な速度で開発のワクチン、全能ではない |
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【藤和彦の眼】ワクチンは高齢者に効かないかも 治療薬アクテムラが有望
Reuters
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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