名古屋出入国在留管理局(名古屋市)に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が2021年3月に死亡した問題で、出入国在留管理庁が8月10日に発表した最終報告書への批判が収まる気配がない。
組織の対応の問題、職員の意識の問題として終わらせようという意図がありありと読み取れ、遺族らは第三者による調査などを求めている。
大手紙の多くが大きく紙面を割く中、産経は極めて小さく扱うなど、取り上げ方、論調には大きな差が出た。
産経と読売は幕引きを図る政府を援護射撃するように、先の通常国会で、今回の死亡問題とも絡んで批判され、断念に追い込まれた出入国管理・難民認定法(入管法)改正を急げと、「我田引水」のような論調さえ展開している。
報告書は、医療体制や情報共有、職員への教育が不十分だったとして、「危機意識に欠け、組織として事態を正確に把握できていなかった」と自己批判し、当日会見した上川陽子法相は「生命を預かる収容施設で尊い命が失われたことに心からおわび申し上げる。送還することに過度にとらわれるあまり、人を扱っているという意識がおろそかになっていた」と述べた。
ただ、体重が20キロも激減し、飢餓状態だったとされながら、仮放免はもちろん、点滴さえ受けられない中で死亡したにもかかわらず、死因は特定できないとし、また、仮放免を許可しなかったことを「不当とは言えない」と正当化している。
報告書については、当サイトでも望月衣塑子記者が「入管庁のウィシュマさん死亡の最終報告、なお身内かばう内容」(8月11日)で詳しく書いているので、参考にしていただきたい。人命が失われ、国際的にも日本の閉鎖性、人権意識を問われる問題だけに、多くの新聞が大きく扱ったのは当然だ。
11日朝刊は、毎日が1面トップ、朝日と東京、読売は1面左肩3段見出しで本記を扱い、4紙は2、3面、社会面にも大きな関連記事、解説記事を展開した。
産経は2面の左側4割ほどを使い、本記と若干の解説的な記事を載せたが、「収容継続『不当とはいえず』」「遺族、死因不特定を批判」と、言い分を並列(順番からは入管を優先)で載せるのみで、扱いの小ささが際立った。
15日には滞日中のウィシュマさんの妹2人に、収容中の様子が映った監視カメラ映像が開示された。記録が残る2月22日から3月6日までの13日分を、入管庁がわずか2時間に編集したものだ。
開示後に記者会見した2人によると、ウィシュマさんがベッドから落下したものの、職員は自力で戻るよう指示するのみで、毛布だけかけられ床に放置された様子や、ウィシュマさんが衰弱して飲み物をうまく飲めず、鼻からこぼす様子を見て職員が「鼻から牛乳や」と嘲った場面があった。
衝撃を受けた2人は1時間10分ほど見たところでそれ以上見続けることができなかった(後日続きを見ることに)といい、会見で「姉は動物のように扱われ、殺されたようなもの」と非難した。
このニュースはテレビでも大きく報じられ、妹2人が会見で涙ながらに抗議し、会見後に、床に放置されたウィシュマさんの様子をカメラの前で再現して見せるなど、大きな反響を呼んだ。
さらに、遺族側がウィシュマさん死亡の経緯に関する公文書の公開を求めていたが、8月17日に開示された看守の勤務日誌や支援者らとの面会簿など1万5113枚の大半は黒塗りの、いわゆる「のり弁」だった。ちなみに、こんな文書でも、コピー代15万円余りはしっかり請求されたという。
これらを報じた各紙朝刊も扱いが割れた。東京が対社面(社会面見開きの右側ページ)のトップで紙面の三分の一を使って妹2人の写真付きで、黒塗り開示に関しても社会面2番手(左肩)3段見出し・写真付きで、それぞれ大きく報じた。
妹二人の会見を、毎日は社会面3段、朝日は13日第3社会面2段見出し・会見写真付きで目立つ扱い。黒塗り開示に関しては毎日が第3社会面(対社面の1ページ前)3段見出しで書き、朝日は第3社会面2段見出しで報じた。
これに対し、読売は妹二人の会見を第3社会面ベタ記事・本文18行だけ、産経も第3社会面2段見出しの目立たない扱いにとどめた。黒塗り開示に関しては両紙とも報道さえせず、一連の紙面展開は各紙の「関心度」の差を示した。
各紙は最終報告書の発表を受け、社説(産経は「主張」)でほぼ一斉に取り上げ、朝日、毎日、東京が11日、産経12日、読売13日に掲載した(過去にも書いたように、読売は政府に批判的になるような問題では、社説で取り上げるのが遅れる傾向にあり、今回も一番遅かった)。
論点は、ウシュマさんの死を招いた入管対応について、(1)調査内容は十分か、(2)入管行政自体に問題はないか、あればどうすべきなのか――ということになる。特に2点目は、5月に入管法改正を政府が断念した時と変わらない、本質的テーマだ。一般記事での取り上げ方の違いは、各紙の社説の論調にも反映した。
まず、〈生命と人権を重んじ、守る。この原則がゆるがせになっていたと言わざるを得ない〉(朝日「人権意識を問い直せ」)、
〈あってはならない事態を招いた行政側の責任は極めて重い〉(産経「意識改革行い法改正急げ」)など、死に至らしめた行政の責任を問う姿勢では、全紙共通する。
具体的に、報告書が挙げている様々な原因、問題点についても、各紙、厳しく批判する。
読売「再発防止へ意識改革を図れ」〈収容者の自由を制約する入管施設には、命と健康を守る責務がある。施設側には、こうした認識が欠けていたのではないか。……休日は医師が不在で、容体が悪化した場合、外部の医師に相談する体制もなかった。女性は、点滴や外部の医療機関の受診を求めたが、要望は内規に反して幹部に伝えられず、組織的な対応につながらなかった〉
毎日「命を軽んじる入管の非道」〈報告書で明らかになったのは、体調が日々悪化していく様子を職員が認識しながら、必要な措置を取らなかったことだ。命を軽視していたといわざるを得ない〉
朝日〈暗然とするのは現場の職員の振る舞いだ。施設の外に出たくて病状を誇張していると考え、苦しむ本人をからかう発言をしていたとの記述もある。改善策の筆頭に「全職員の意識改革」が掲げられたのは当然だ〉
ただ、今回の報告書が「真相究明」という点で、死因が特定できないとするなど、遺族や支援者は強い不満を示しており、毎日が〈非人道的な対応が続いていたにもかかわらず、報告書からは、事態を重く受け止めようとする姿勢が見えない〉と断じるなど、朝日、東京を含め3紙は真相究明が不十分との見立てだ。
東京、朝日は調査の在り方も問題視。
東京「入管の閉鎖性問い直せ」は〈報告書作成には外部有識者も加わったが、人選は当局に委ねられた〉。
朝日も〈途中から外部の有識者も関与したとはいえ、調査が同庁の職員主導で進められたことのおかしさだ。本来、第三者機関を設けて精査を仰ぐべき事案だ。そもそも組織として事態の深刻さを認識していなかった証左といえる〉と手厳しく批判しているのは当然だろう。
読売、産経にはそうした視点の言及はない。
逆に、読売と産経がわざわざ触れたのが処分だ。
名古屋入管局長ら4人を「厳重注意」や「訓告」など、きわめて形式的な処分にとどめ、現場で死に追いやった職員はお咎めなしという、組織防衛を優先したといわれても仕方ないものだが、読売は〈難民認定の少なさなど、日本の入管行政には海外からの批判が根強い。異例の処分の背景には、信頼回復が不可欠だとの危機感があるのだろう〉とした。
産経も〈入管庁が当時の名古屋入管局長ら4人を処分したのは当然だ〉と、処分の甘さなどへの批判は全くなく、曲がりなりにも処分をしたことを評価する書きぶりだ。
今回の報告書は、死に至る経緯の調査をまとめたもので、こうした事態を招いた背景に迫ることは、当の法務省がそもそも考えていない。まして、身内での調査だけに、なおさらだが、社説として、報告書には書かれていない背景に切り込み、問題を指摘するのは、ジャーナリズムとして当然のことだ。
4月に入管法改正を断念した際、当欄でも「読売、産経は社説で取り上げず 多くの地方紙も問題点指摘する中で」(4月30日公開、)でも書いたように、「非正規」に日本にいる外国人といっても、犯罪集団から、何らかの事情でビザなしで就労している人、母国で迫害される恐れがある人、日本に家族がいる人など、様々な事情を抱える多様な人たちだ。
ところが、人権より非正規滞在外国人を送り返すことに重きを置いてきたのが日本の入管行政で、難民認定(2019年)が1万375人の申請に対して44人、認定率は0.4%と、米国(29.6%)、ドイツ(26%)やフランス(19%)などと比べて極端に低く、世界から人権上の問題を指摘されてきていた。
こうした背景に朝日、毎日、東京は厳しく切り込む。
朝日〈先の通常国会で収容・送還に関する入管法改正案が事実上の廃案になったのも、国民の不信ゆえだ。その払拭に向けて、人権保障に軸足を置いた新しいルールづくりを急がなければならない〉
毎日〈問題の背景には、在留資格のない「不法残留者」を認めない入管行政のかたくなな姿勢がある。日本社会から排除しようとする考え方が、収容者への対応に表れているのではないか。自由に生きる権利を奪う収容は本来、極めて限定的に運用されるべきだ。入管の判断だけで、期限もなく実施できる現状は、速やかに改めなければならない〉
東京〈改善策には体調不良者の仮放免の運用見直しなどが挙げられた。だが、問われているのは長期収容で在留を諦めさせる強権的な手法ではないか。先の国会で成立が見送られた入管難民法改正案もこの手法の強化に貫かれていた。……入管当局は収容者への医療、在留資格や仮放免の認否などの裁量を独占している。そうした閉鎖性が事件の本質である。第三者を介在させる改革が不可欠だ〉
3紙に対し、産経、読売は報告書が認めた組織体制や職員の意識などを専ら問題にし、〈医療体制や情報共有などに不備があるなら、すぐに見直さなくてはならない。職員の人権意識や入管行政に関する危機意識の欠如も露呈した〉(産経)、〈政府は入管職員の意識改革を進め、再発防止に取り組むべきだ〉(読売)などとしている。
問題の本質という視点では、入管法へのスタンスで、政府案に批判的な朝日など3紙に比べ、読売と産経は基本的に政府案に理解を示す。
読売〈先の国会で政府が成立を目指した入管難民法改正案は、長期収容の解消を目指すものだった。不法滞在の外国人は、母国に送還されるまでの間、原則として入管施設に収容される。改正案ではこれを改め、送還まで親族らの監督下で生活することを認める制度が盛り込まれていた。改正案は、今回の問題の真相究明を求める野党が抵抗し、採決が見送られた経緯がある。収容者の生活環境を改善するためにも、与野党は速やかに法改正に向けた議論を進めてほしい〉
産経は〈今回の事態の底流には、収容が長期化するという入管行政の構造的な問題がある。先の通常国会では、いたずらに長期化しないよう入管難民法の改正案が審議されたが、スリランカ人女性の死亡などをめぐって与野党の折り合いがつかず、成立が見送られた。人権を踏みにじる事態を再び起こさないためにも、行政の不備は早急に改めなくてはならない。政府と与野党は閉会中審査を行ってでも法改正を急ぐべきだ〉
さすがに、ウィシュマさんの死亡が問題化しているので、与野党の議論を促すという書き方をしているが、入管法改正を急げと、政府の尻を叩く姿勢が鮮明だ。
今回の報告書を一区切りとし、「人権を踏みにじる事態を再び起こさないためにも」と、法改正を急ぐよう求める産経のような論調は、遺族が調査を不十分と批判している中、ご都合主義、我田引水的な書き方ではないか。
一般に、司法、治安にかかわる組織は外部の批判に頑なな姿勢を見せ、めったに非を認めようとしない。
例えば、福岡県で死体が発見されたストーカー殺人事件で、被害女性側から事前に相談を受けていたのに事件を防げなかったことを批判された佐賀県警は「女性に直ちに危害が及ぶ可能性があるとは認められなかった」と、一貫して不備がなかったとの主張を続けた。
本部長は記者会見で質問に答えず、県議会で本格的に追及される直前に体調不良を理由に異動。第三者による調査など受け入れず、非を認めない姿勢に終始した。
犯罪者などを摘発、収容する以上、「弱みは見せられない」という側面はあり、今回もそうした組織の習性が働いたといえるが、世の常識からはズレている。
2007年以降、入館施設で収容中に亡くなった外国人はウィシュマさんを含め17人(うち5人は自殺とされる)。今回は、入管法改正案の国会提出と重なり、粘り強い報道もあって世論が盛り上がり、ここまで来たともいえるのではないか。
日本を愛していたという一人のスリランカ人女性の死が抉り出した入管行政、入管という組織の問題点を、今度こそ真摯に見直さないと、国内外の非難が止むことはない。
入管報告報道 産経は2面で扱いの小ささ目立つ |
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【論調比較・入管最終報告】読売・産経は軽い処分を「評価」するような書きぶり
公開日:
(ソサエティ)
出入国在留管理庁(発足時)=法務省サイトから
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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