出入国管理・難民認定法(入管法)改正案が後半国会の焦点になっている。
世界から人権上の問題を指摘される入館施設での「長期収容」の解消を図るものとされる一方、母国に帰れない事情のある人を切り捨てる懸念も指摘され、国際的な懸念が消えていない。
不法就労など在留資格がないのに国内に滞在する非正規滞在外国人は、2019年末時点で約8万3000人。入管当局は把握次第、摘発し、退去処分を下し、送還されるまで原則として入管施設に収容する。国外退去処分となった外国人は自ら出国するか強制送還される。
「不法就労」自体についても、日本の外国人労働者受け入れ制度の問題点は多いが、ここでは、それは触れない。問題は、「非正規」に日本にいる外国人といっても、犯罪集団から単にビザなしで就労している人だけでなく、母国で迫害される恐れがあったり日本に家族がいるなど、様々な事情を抱える人がいることだ。
迫害された人などは難民認定を申請し、認められれば合法的に日本にいられるわけだが、日本の難民認定は世界的に見ても厳しく、2019年は1万375人が申請して認定は44人。認定率は0.4%で、米国(29.6%)、ドイツ(26%)やフランス(19%)などと比べて極端に低い。
NPO法人「難民支援協会」によると、2010~18年に難民認定を受けた212人のうち、複数回申請した人は19人。3回目の申請中に訴訟で勝訴して認定を受けた例もあったという。
日本人の家族であるとか、難病治療の必要といった人道上の理由などで例外的に「特別在留許可」も出されるが、法務大臣の裁量にまかされ、不透明との指摘がある。
もちろん、「迫害の危険がある国に難民を送還してはならない」という国際法上の原則があるので、難民認定申請者やその認定を巡って訴訟中の外国人は送還しない。この結果、不法滞在→収容→難民申請→却下→再申請……となって、収容が長期化するケースが増える。
2019年末時点で、全国で収容されていた外国人は1054人、うち約400人が6カ月超収容され、2年以上収容されている人が197人、3年以上も63人いた。
収容されても、健康上の理由などで「仮放免」が許可される場合はあるが、あくまで例外。基本的に「収容」という自由の拘束(人権の制約)が、行政当局の裁量で、期限なしに行われる制度であり、国連人権理事会の作業部会が2020年、恣意的な拘禁を禁止した国際人権規約の自由権規約に違反し、司法の審査もなく無期限収容することは正当化できないとする意見書をまとめ、日本政府に改善を求めている。
実際に、施設の医療体制が不十分なため死亡事故や病死も繰り返さし発生。2019年6月に長崎県の大村入管で長期収容に抗議してハンガーストライキ中だったナイジェリア人男性が餓死し、この事件をきっかけに、法務省は専門部会を開いて入管法改正案の作成に取り掛かり、2021年政府が2月19日の閣議で改正案を閣議決定し、4月16日に衆院で審議入りした。
政府の改正案のポイントは、大きく6点。
1)収容に代わる新たな措置として、逃亡の恐れがないことを前提に、家族や支援者から選んだ「監理人」のもとで生活できる「管理措置」を設ける。監理人は生活状況を入管に報告する必要があり、対象者が逃げた場合には懲役1年以下などの罰則を科す。
2)難民認定基準は満たさないものの、難民に準じる「補完的保護対象者」として在留を認める制度を創設する。
3)難民認定を申請している間は送還しない規定に例外を設け、「送還逃れを目的とした乱用を防ぐため」として、申請3回目以降は申請中でも送還できるようにする。
4)母国が紛争中の人を念頭に、難民に準じる「補完的保護対象者」という新たな仕組みを作り、難民と同じように「定住者」の資格で在留を認める。
5)これまでは本人の申請を認めていなかった「在留特別許可」は本人が申請できるようにし、審査に当たって考慮しなければならない事項を明示する。
6)自費で出国するなど自発的に退去すれば、再入国の拒否期間を5年から1年に短縮する。
改正案について大手紙を読み比べると、そもそもの基本認識から真向対立している。
その一端を示すのが、記事で「入管法改正」のまえに概略を説明する短い説明、業界で俗にいう「枕詞(まくらことば)」だ。
今回の改正が国際的に批判される長期収容の解消を眼目とするだけに、毎日や産経の「国外退去命令を受けた外国人の入管施設での長期収容問題の解消を目的とした入管難民法改正案」は、ニュートラルな表現といえるだろう。
これに対し、東京が「難民申請による送還停止を2回に制限し、拒否すれば罰則を科すなどの内容を盛り込んだ入管難民法改正案」と、強権的な部分に批判的トーンで書く一方、読売は「強制送還対象の外国人らに条件付きで入国管理施設外での生活を認める制度などを盛り込んだ出入国管理・難民認定法改正案」と、入国管理を緩めるような印象の説明をつける。
後述のように、今回の改正に東京は批判的、読売は理解を示すスタンスだ。
2月19日の改正案の閣議決定、4月16日の衆院での審議入りという直近2つの節目とその前後の紙面を見てみよう。
朝日は2月19日夕刊1面の大半を割き、「日本にいたい 送還の不安/「国に帰れば刑務所/難民申請3回不認定」とトルコ国籍のクルド人男性のケースや、来日13年、裁判を経てようやく難民認定を受けたイラン人女性のケースなどを詳述し、日本の難民認定のハードルの高さ、難民認定申請2回却下なら強制送還を可能にする法案に疑問を呈する。4月17日朝刊も社会面3段相当の記事で「送還規定見直し 懸念消えず」などの見出しで法案に疑問を呈した。
毎日は2月20日朝刊4面の3段見出しで閣議決定した法案概要を説明した程度だったが、3月16日に2面半分強をつぶした「検証」のワッペン付き記事で「『人権軽視』遠い解決/施設が衣生活 民間任せ/難民申請3回で送還」と、問題点を詳述。
さらに毎日は審議入り直前の4月14日朝刊オピニオン面の「論点」で3人の識者の主張を1ページつぶして掲載。元法務官僚、野党議員のほか、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のカレン・ファルカス駐日代表が登場し、3回以上の申請で送還可能にする点に、
〈難民保護の根本である迫害の危険がある場所には送還しない『ノン・ルフールマン原則』が守られないリスクを高めかねません〉
と疑問を呈したほか、
〈入管施設への収容は、最後の手段であるべきで、好ましくありません。……(改正案は)収容決定や長期化に関し、独立の司法判断も求めていません。難民認定制度においても、チェックとバランスは必要です〉
――など、法案の問題点を網羅的に指摘している。
このほか、日経は10日朝刊社会面で「入館施設外『監理人』に罰則 難民支援者9割が懸念」と、NPOの発表を3段見出しで詳しく報じた。
最近の報道でクローズアップされているのが、3月、名古屋入館施設に収容中に体調不良で死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)の問題で、十分な治療などが行われなかったとの疑念が出されている。
東京は4月17日の朝刊社会面で審議入りに合わせてこの問題を取り上げた。この日、女性の家族が母国からオンライン会見し、母親は、女性が点滴を求めたのに受けられなかったなどと訴えたことなどを報じた。
ウィシュマさんの問題はテレビも取り上げ、例えばTBS「ニュース23」が22日に特ダネとして、女性の死亡2日前に診療した精神科医師の「診療情報提供書」を入手し、その中で「仮放免してあげれば良くなることが期待できる」と記していたこと、9日に入管当局が出した「中間報告書」には医師の助言が記されていなかったことを報道。東京はTBS報道の翌23日朝刊1面で、同内容を伝えた。
朝日は29日朝刊4面でウィシュマさん死亡の経緯を書き、入管法改正審議の焦点になると、3段見出しで報じた。
毎日は主にネット(毎日jp)で、「入管施設死亡女性の遺族『ビデオ・記録見せて』 記者会見で訴え」(16日)、「DVから逃れるはずが…なぜ入管に収容されて死亡したのか」(22日)、「『仮放免で良くなる』 女性が死ぬ2日前、医師は入管に勧めていた」(23日) 「『うそで血吐けるのか』
入管で死亡の女性家族『記録と映像確認したい』」(29日)など、長文の記事を継続的にアップしている。
こうした各紙、テレビなどの活発な報道に対し、冷ややかなのが読売と産経だ。
閣議決定を受け、読売が2月19日夕刊3面、産経が20日朝刊社会面で、いずれも3段見出しで報じたが、主に、改正に至る経緯や法案の内容を淡々と書くばかり。
審議入りを受けた産経4月17日朝刊は社会面下のほう3段見出しで「管理措置」導入を中心にした記事を掲載し、上川陽子放送の「退去命令を受けたにもかかわらず送還を忌避する人が後を絶たず、収容長期化の要因となっている」などの趣旨説明は丁寧に書き込む一方、問題点の指摘は皆無。読売朝刊は4面(政治面)ベタで簡単に報じただけだ。
産経は閣議決定前の2月10日に「前打ち」で法案の内容を詳しく報じたが、〈「ごね得」を許さない姿勢を明確にする〉など、政府の方針を書き、〈制度を見直し、人権にも配慮した〉など肯定的な評価の言葉が目立ち、問題点、疑問点の指摘は皆無だ。
2紙とも、ネットで検索したが、ウィシュマさん死亡に関する記事は見当たらなかった。
中国・新疆自治区などの人権には熱心で、」社説でも取り上げる読売、産経だが、入管法ではそうした「人権感覚」は発揮されていない。
社説は、そもそも取り上げるか否かで姿勢が明らかに分かれた。
朝日は「入管法改正案 これでは理解得られぬ」(2月28日)、「入管法改正案 国際標準から遠いまま」(4月20日)と、節目ごとに取り上げ、〈国際社会からさらなる批判が寄せられるのは必至だ。抜本的な修正が必要だ。……「保護が必要な人を適切に保護する」という原則に照らし、疑問が多い〉(4月20日)などと批判。
毎日も「入管法の改正案 人権感覚の欠如が深刻だ」(2月21日)、「入管法改正案の審議 与野党で抜本的な修正を」(4月21日)と2回取り上げ、〈国内外で人権上の問題が多いと批判されている法案の審議を、このまま進めていいのか。政府・与党は再考すべきだ〉(4月21日)と政府に考え直すよう要求。
東京は「入管法改正案 人権への配慮を欠く」(2月23日)で、〈難民申請の回数を制限するなど、人権への配慮を欠いた法案だ〉と批判する。
3紙は、野党(6会派)が、収容の可否を裁判所が判断するようにして期間の上限も定める▽難民認定の権限を法相から独立組織に移す▽収容に裁判所の許可を義務付け期間を6カ月以内とする――などの対案を提出していることを踏まえ、〈組織論にまで踏み込み、国際規範にかなう制度を築くべきだ〉(朝日4月20日)、〈与野党で改正案を抜本的に修正し、人権に配慮した制度にすべきだ〉(毎日4月21日)、〈野党の対案も考慮した国会審議を望みたい〉(東京)など、与野党協議による修正をそろって求めている。
日経は「信頼される入管行政の実現を」(2月22日)で、〈日本はそもそも、難民の認可率が極端に低い点が国際的にも疑問視されている。……(入管庁は)不法な行為には厳しく対処しながら、外国の人々の人権を大切にし、言い分もよく聞く。国内外から信頼される、「共存」を体現するような存在であってほしい〉と、抽象的かつマイルドな表現ながら、難民認定を求める人への配慮の必要を説いている。
NHKの時論公論「外国人長期収容問題 入管法改正審議を尽くせ」(2月26日、二村伸解説委員)も、〈長年日本で暮らしながら在留許可がないために、働くこともできず、病院にも行けないという人は大勢います。そうした人たちをどうやって救うのか、改正案では明確に示されていません〉など、問題点を多面的に掘り下げている。
さらに、多くの地方紙も社説などで論じているが、主なところを拾ってみると、
北海道「人権軽視は許されない」(2月25日)
河北新報「人権に配慮し抜本的修正を」(4月28日)
新潟日報「人権優先の姿勢が乏しい」(2月23日)
信濃毎日「与党は強引に押し切るな」(4月21日)
京都「世界の人権潮流に背く」(2月25日)
山陽「国内外の懸念に応えねば」(4月21日)
中国「難民認定の見直しこそ」(3月1日)
愛媛「人権重視の内容に改めるべきだ」(2月27日)
高知「国際基準に沿う見直しを」(4月1日)
西日本「多文化共生の理念どこに」(4月25日)
琉球新報「人権基準に達していない」(4月21日)
など、多くが政府の改正案を批判し、問題点を指摘している。
これらに対し、読売と産経は、この間、社説(産経は「主張」)で取り上げていない(4月29日現在)。
読売は、過去には、「入管収容長期化 確実な送還可能にする対策を」 (2019年11月25日)などと、送還を強める方向で取り上げ、法改正に向けた法務省の有識者会議の提言を受けた「長期の入管収容 迅速な送還実現へ制度改めよ」(2020年6月29日)でも、〈提言では、入管難民法の規定を改め、状況によっては難民申請中でも、送還できるようにすることを求めた。
入管庁には、法整備を進めてもらいたい〉と、様々な問題が指摘されている点について掘り下げるのではなく、政府の尻を叩いているのが目立った。通常記事を見ても、この姿勢に変化はないようだ
40年前のボートピープルと呼ばれたベトナム難民問題の時代から、日本が難民受け入れに後ろ向きなことを世界は知っている。米トランプ前政権の「国境の壁」、シリアなど中東からの難民受け入れをめぐる欧州の混乱など、世界中が難民問題への対応に苦慮している中、日本がどう対応していくか、いよいよ真剣な議論が求められている。今回の入管法改正はその試金石となる。
長期収容が問題であることは論を待たない。「送還忌避者」が違法にとどまろうとして繰り返し難民認定を申請しているからとみるか、日本の難民認定がそもそも厳しすぎるとみるか。
政府の改正案が前者の見方に傾き、野党案は後者に寄っている。
いずれにせよ、政府案が国際水準に達していないのは明らかだ。この法律を通して東京五輪・パラリンピックを迎えるのだろうか。
読売、産経は社説で取り上げず 多くの地方紙も問題点指摘する中で |
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【論調比較・入管法改正】朝日、毎日、東京は「人権への配慮欠く」「国際社会から批判」
名古屋入国管理局=CC BY-SA /Gnsin
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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