2020年以降、小・中学校で先生たちが生徒に何をどう教えるのか、文科省が定める学習指導要領が公表された。1947年に刊行して以来、今回が8回目の改訂だが、1958年以降はほぼ10年に1回改訂が行われている。
いまの50代が受けた1968年改訂後の教育は、当時「詰め込み教育」と批判され、「落ちこぼれ」が社会問題となった。
その反省から文科省は、1968年の改訂をピークに、学習量を徐々に減らす「ゆとり」を目指し、いまの40代、30代と改訂ごとに1割ずつ減り、1998年の改訂、つまりいまの20代では、さらに2割減った。
しかしその後、いまの10代の2008年の改訂後の学習量は、20代に比べて増えている。この理由は、「ゆとり」による「学力の低下」が問題となったためだ。
2000年代初頭、政府や教育界にPISAショックという激震が走った。
PISAという国際的な学力到達度調査で、OECD諸国の中でトップクラスだった日本の高校生の成績が十数番目になってしまった。
また、勉強のできる子が学校のレベルの低い授業についていけないという「ふきこぼれ」、さらに「学級崩壊」の問題も起きた。
そこで文科省は、これまでの方針を翻し、学習量を増やす方向にふたたび舵を切ったのだ。
改訂の2本の柱は、アクティブラーニング導入と英語教育強化だ。
「アクティブラーニング」とは、文科省の定義では「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学習者の能動的な学習への参加を取り入れた教授・学習法」「主体的・対話的で深い学び」だ。
文科省はアクティブラーニングの具体的な例として、発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習やグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークをあげている。
授業は、これまで同様、知識を習得する、つまり先生が生徒に教科書をもとに教えることは変わらない。
しかしこれからは、授業時間のうちの何割かを、生徒が机に向かってノートを取るだけでなく、自発的に研究テーマを決め、たとえば理科なら実験や観察を行いその成果をレポートにまとめて他の生徒の前で発表したり、生徒同士が1つのテーマをディスカッションしたりする時間に使われる。
大人でもそうだが、学んだことが一番身に着くのは、教えられたことを覚えるのではなくて、自ら自発的に学び、さらに学んだことを他の人に教えたり、発表したりするアウトプットの機会があるときだ。
では、アクティブラーニングはなぜ導入されるのか?その理由は大きく2つだ。
1つは、AIやITによる社会構造の変化への対応だ。
これまでの学校教育は、高度成長期から知識・記憶力偏重で、画一的な教育が行われてきた。
高度成長期はパソコンが身近になかったので、知識の多さや記憶力が重要だった。
また、良質な労働力を均質・大量に排出することを、学校は求められた。
しかし社会の価値観が多様化・複雑化し、さらにAIの進化によって、いまの子どもが大人になるころには、記憶や知識の大部分をAIが代わってくれる。
いまの子どもの6割は、大人になったとき、いま世の中に無い仕事につくと言われている。
これからの社会は、AIのもたらす膨大な情報を、自ら判断して問題解決する能力が求められる。
アクティブラーニングはその能力を高めるための教育方法なのだ。
もう1つの理由は、グローバル化への対応だ。
アクティブラーニングは、欧米で使われてきた学びだ。
たとえばアメリカでは小学校1年生のころ、「Show and Tell(見せて話して)」という、自分が好きなおもちゃを家からもってきて、なぜそのおもちゃが好きなのか他の生徒の前で説明する授業がある。
つまりアメリカの子どもは、低学年のころから他の人に自分を表現する技術を学ぶのだ。
一方、日本人は人前で話したり、自己主張したりすることが苦手とよく言われる。
しかしグローバル化した社会では、他の国々の人と接する機会が増え、プレゼンやディスカッションで自分を表現し、はっきり自己主張することが求められるようになる。
アクティブラーニングは、「対話する能力」を身に着けるための手段でもあるのだ。
文科省は、「アクティブラーニングは、授業で毎回討論やプレゼンをしなければいけない、というものではない」としている。
アクティブラーニングはここ数年で、さまざまな教育現場で取り入れられてきている。
たとえば、ある都内の公立小学校では、学級会で生徒が自発的に話し合いをしていく、さらに相手の意見を否定しないで聞く、というルールを作り、先生たちがナビゲートするというアクティブラーニングの手法を作った。
その結果、この学校では子どもの自尊感情、「やればできる」という気持ちが著しく向上したということだ。
また、ある都内の私立の女子中学校では、社会人を招いて話を聞いたり、実際に企業と商品開発を行うことで、社会に出てから自立できる女性の育成を目指している。
これもまさに主体的な学び、アクティブラーニングと言える。
学校には、それぞれ個性や地域性があるので、生徒に合うやり方で先生たちが創意工夫をしながら、やり方を作り上げるのが望まれる。
今回の改訂のもう1本の柱は「英語教育強化」だ。
社会のグローバル化が進む中、世界言語の英語の必要性は益々高まっている。
安倍政権のもと2013年から英語教育が見直され、全国で200校程度の小学校が強化地域拠点として小学校5年生からの英語教育を始めていた。
今回の改訂ではこれを全国レベルに広げ、3,4年生で1年間に35コマずつ、5,6年生で70コマずつ授業が増えることになる(1コマは45分)。
3,4年生の授業では、「聞くこと」や「話すこと」をメインに英語でコミュニケーションできる素地を作り、5,6年生はこれに「読むこと」「書くこと」を加えて、小学校の間に6~700程度の語彙を覚える。
また、中学校の取り扱う語彙も、現行の1200程度から1600~800程度に増える。
小学校のうちは、外国語より日本語教育をしっかりやるべきという意見もあるが、外国語を覚えるには、臨界期と言われる9歳から11歳が最も適していると言われている。
この年齢は耳で聞いたことをそのまま話せると言われており、3年生から英語に親しむのは、理に適っていると言えそうだ。
イギリスのある調査によると、小学校で英語教育を行っている65か国のうち、ほとんどは小学校1年生から英語を教えていて、3年生から教えるのは主にアジアの国々。
5年生から教えているのは数か国のみだ(現在日本の英語教育は5年生から)。
しかも、韓国は1997年からすでに小学校3年生で英語教育を導入、中国と台湾も2001年から導入している。
つまり英語教育において日本は、中韓台から20年近く後れを取っているのだ。
アメリカの国務省にあるデータを基にした推定では、日本人が英語を日常レベルで話せるようになるのに、2500時間程度の学習時間が必要だ。
いま中学・高校の英語の授業は800時間程度なので、日本人はそもそも学習量が足りないと言える。
こうした状況を変えるためにも、3年生から英語を始めるのは必然性がある。
最後に、今回の改訂では、領土の規定もされる。
3年前から尖閣諸島や竹島は、日本固有の領土として教科書に明記されているが、今回の学習指導要領でも、子どもに正しく理解してもらうよう規定した。
尖閣諸島や竹島については、領有権を主張している他国の考えも子どもに教えるべきではないかとの意見があるが、文科省は「発達の段階で関係国の主張を扱うこともあるが、どちらの考え方もあるという教え方は想定していない」としている。
10年ぶりの学習指導要領改訂、英語強化など盛る |
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判断力強化でアクティブラーニングも推進
公開日:
(ソサエティ)
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鈴木 款(フジテレビジョン・シニアコメンテーター)
早稲田大卒。フジテレビでは、報道2001ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。インターネット放送ホウドウキョクで教育番組のプロデュースも行なっている。
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