「現在、盗聴の実施件数は年間数十件だが、盗聴法(正式名称は、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)が改悪されれば、年間数万件にもなる可能性がある」
6月23日、参議院議員会館の会議室で開かれた盗聴法に関する学習会で、海渡雄一弁護士は背筋が寒くなるような予想を口にした。この日は、国会で審議入りしている盗聴法改正案の問題点を検討するため、国会議員や秘書、弁護士、市民運動家ら約40人が集まった。
海渡弁護士に続いて、メインスピーカーの山下幸夫弁護士が話しはじめた。「1999年に盗聴法が成立するさいには、憲法が保障する通信の秘密を侵害するとして、国会内外で反対運動が盛り上がった。その結果、盗聴の対象犯罪は『銃器』『薬物』『組織的殺人』『集団密航』の4つに限定された。これらは盗聴を実施しなければ、犯罪組織上層部の刑事責任が追及できないという理由だった。しかし、盗聴法改正案では、窃盗や詐欺、恐喝、傷害など、ありふれた犯罪も盗聴の対象となる。警察は日常的に盗聴できる法律を望んでいる」
さらに危惧されるのは別件盗聴である。万引き(窃盗)やケンカ(傷害)などの軽微な犯罪を口実に、警察が目をつけた人物に対して盗聴を実施することが可能となる。山下弁護士が言う。
「実は、盗聴された通信自体が証拠として法廷へ提出されるケースは少ない。通信の内容を被疑者に示し、自白を迫るのが警察の手法だ。盗聴法が改悪されれば、別件盗聴で情報を収集し、本件で自白を迫ることが横行する。ますます捜査が自白偏重となり、冤罪が増えていく」
現行の盗聴法では、警察官が電話会社へ出向いて、盗聴を実施する。そのさい、電話会社の社員が立会人につく。ところが、盗聴法改正案では、電話会社から警察署へ通信を転送させて盗聴する方法も認められる。この場合は立会人がつかない。
「警察が機器に細工して、好き勝手に盗聴することも可能だ。立会人がいないのだから、チェックのしようがない。まさか警察がそんなことをするはずがないと考える人は、緒方靖夫・日本共産党国際部長(当時)の自宅の電話が盗聴された事件を思い出してほしい」(山下弁護士)
同事件が発覚したのは1986年11月。盗聴法が成立する10年以上も前のことで、あらゆる盗聴は違法だった。東京地検特捜部が捜査に乗り出し、神奈川県警の警察官らを実行犯と特定する。しかし、1987年8月、警察官ら全員が不起訴処分となった。その理由について、当時の伊藤栄樹検事総長はのちに回想録で、「検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ」と明かしている。
警察は当時から現在まで盗聴の事実を認めていない。5月20日の衆議院法務委員会でも、塩川実喜夫・警察庁長官官房審議官が「警察としては、違法な通信の傍受は、過去にも行っておらず、今後も行うことはございません」と答弁している。
緒方氏と家族は国と神奈川県などを相手どり、損害賠償請求訴訟を提起した。東京地裁、東京高裁とも警察の組織ぐるみの盗聴を認定し、国と神奈川県に対して、緒方氏らへ約400万円を支払うよう命じた判決が確定している。東京地裁で判決が言い渡された1994年9月6日の『朝日新聞』夕刊に神奈川県警幹部のコメントが掲載されたが、これが警察の体質を非常によくあらわしている、
「晴れてたって、気象庁が雨だと言えば雨なんだ。そして何年かたって、その日の天気を調べてみるとする。その日は雨だったということが、真実になるんだよ」
つまり、警察が「盗聴していない」と言い続ければ、それがウソでも、いつかは真実になるという意味である。こういう警察にほとんど無制限な盗聴権限を与えることが、どれほど危険であるかはいうまでもない。安全保障関連法案の審議ばかりが報道されているが、盗聴法改正案の審議にも注目してもらいたい。