2012年~13年にかけて相次ぎ発覚したMRIとAIJのふたつの巨額資産消失事件。事件から数年が経過し、被害者への弁済状況で明暗が分かれている。
2000億円の年金運用資産を消失させた「AIJ投資顧問(現MARU)」社長の浅川和彦被告(最高裁に上告中)は6月末までに累計100億円超を返還した。一方、米ラスベガスに本社を置く投資会社「MRIインターナショナル」社長だったエドウィン・ヨシヒロ・フジナガ被告からの返還は皆無だ。
「投資家を騙してはいない」。フジナガ被告はこれまでこう話していた。米司法省は7月8日、フジナガ被告ら3人が09年~13年にかけて15億ドル超をだまし取った詐欺罪で起訴したと発表した。発表によると、被害者は何も知らない数千人の日本人だったという。
MRIは米国の診療報酬請求債権(MARS)の回収事業に投資する金融商品を国内外の日本人に販売。「投資は独立したエージェントがてがけており、安全」などと偽り、実際には運用しないで資産を騙し取るポンジースキームで、被害者からの出資金で別の出資者の元金や配当を支払ったり、ギャンブル、プライベートジェットによる旅行など個人的支出に充てたりしていたという。
冒頭のフジナガ被告の発言は、AIJの浅川被告も繰り返し使っていた。「詐欺ではなく運用の失敗」と主張するためだ。浅川被告は実際、「ファンドの運用実績や1口当たりの価格を実際より高く見せたが、騙す意図はなかった」としている。
刑事裁判の過程で契約の偽計(金融商品取引法違反)の罪は認めるが、詐欺罪については無罪を主張している。詐欺罪が確定すれば、量刑が重くなるためだ。 これに対して、東京地裁と東京高裁は浅川被告の主張にはほとんど耳を傾けず、検察側の求刑通り、懲役15年の実刑判決を言い渡している。
浅川被告は判決を不服として、上告趣意書で不法領得の意思に関する判例違反や、詐欺罪の定型性を欠いているなどの法令適用の誤り、著しい量刑不当、重大な事実誤認があるなどとして争っている。
両事件とも巨額の投資家資産が消失し、大半が回収不能とった点で共通しており、MRIでは発覚直後に被害弁護団が結成され、AIJでは大手法律事務所による被害回復活動が進められている。 しかし、両事件で決定的に違うのが被害者への資産の返還状況だ。
AIJの場合、約90の年金基金に対して6月末までに2回にわたり、累計100億円超が返還されている。今後も同社関係のシンガポールの海外資産などについて返還される方向という。一方、MRIの場合、米国で5億8435万ドルの民事制裁金の支払い命令が出ているものの、15年7月6日現在で依頼者総数4800名(被害者合計約8700人中55.1%),被害総額986億6800万円(同1365億円中72.2%)に、返還は実現していない。
この差はどこにあるのか。主犯者が事件発覚後、被害回復に協力しているかによる。浅川被告側は被害回復で量刑軽減をもくろみ、被害基金に対して、「資産の返還に全面的に協力する」と申し出ている。法律事務所はことさら「粘り強い交渉の結果」と強調するが、浅川被告側は「返還が進んでいるのは、こちらが全面的に協力しているからだ」という。
一方、MRIの場合、フジナガ被告は8日のラスベガス連邦地裁での初公判で、依然として起訴事実を全面否認し、「投資家を騙してはいない」と無罪を主張している。資金の移動や不動産の名義変更などを済ませているとみられ、資産返還は難航必至だ。
連邦法は詐欺などの被害者に損害が発生した場合、被告人が賠償を支払わなければならないと規定している。しかし、被告人に支払い能力がない場合、被害者に意味のある金額を支払えないかもしれない。残念ながら、フジナガ被告には資産返還の意思もみられないし、ない袖は振れないのであろう。
巨額資産消失の2事件、弁済に差 |
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AIJは100億円返還、裁判対策の側面も
公開日:
(ソサエティ)
Reuters
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谷川 年次(経済ジャーナリスト)
大手新聞記者などを経てフリーに。記者歴は約20年のベテラン。
企業不正や調査に関心。国会、金融庁、厚労省、年金、金融、資産運用などに詳しい。 |
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