成績不振のチームでシーズン途中に監督・コーチが差し替えられることは珍しくないが、東北楽天ゴールデンイーグルスのコーチ人事は特殊な事情で好奇の目にさらされることになった。三木谷浩史オーナー(50)による采配への介入があったとされる。買収などでチームを持ったあとはほったらかし、というオーナーよりは情熱があって見どころがある、ともいえるのだが……。
ことの発端は1軍打撃コーチだった田代富雄氏(61)の辞任だった。スポーツ紙の報道によると、チームの低迷の一因となっている打撃部門のテコ入れのため、1、2軍のコーチを入れ替えることにしたが、田代氏はこれを受け入れず、7月30日に退団が発表された。配置転換拒否の理由三木谷オーナーの現場介入があり、「やっていられない」となったのだとか。ついには大久保博元監督(48)も成績不振の責任をとる形で辞任の意向を固める事態に至っている。
三木谷オーナーの指示は細かく、試合前に首脳陣から打順の案を〝上奏〟して決めていただの、今年旗印として掲げた機動力野球ももともとはオーナーの指令だっただの、様々な報道がなされている。田代コーチの辞任に伴い、複数のスポーツ紙がこの現場介入の件を取り上げており「番記者」の間では共通の認識だったようだ。
オーナーとは文字通りownする人=所有者であるから、監督・コーチの人事権を含め、包括的権利を持っている。「生殺与奪」の力がその手のなかにあることを考えると、現場介入などはむしろ些細なことに思えてくる。
渡辺恒雄・巨人球団会長(当時)によるコーチ人事への言及が現場介入であるとして、球団代表が抵抗したことがあったが、オーナーあるいは事実上のオーナーの包括的、全権的地位からするとあって当然のことで、社内連絡の不徹底、幹部間のコミュニケーション不足が問題の本質だったともいえる。
三木谷オーナーの現場介入が事実だとして、それがチームを強くしたいという一心から出ていたのであれば、越権行為と断じるわけにもいかない。
しかし、問題は二つある。野球の采配は専門性の高い職分であり、だからこそ専任の監督、コーチが置かれ、成績不振の場合は解雇される。しかし、采配に容喙(ようかい)していたとされるオーナーは成績不振について何らかの責任を取るのか、そもそも取れる立場にあるのか。責任なくして権限なしであろう。三木谷氏の本業である企業経営でも同じことだ。
もう一つは球団のイメージ低下である。今回の騒動が想起させるのは「鶴の一声」の是非が問われた巨人の一件だ。生殺与奪の権を持つオーナーは何をしてもいいわけであるが、世間=ファンという存在は権力者の振る舞いに対して敏感である。
三木谷さん、時代の先端を行く経営者であるあなたも結局は「そっち側」の人だったのか……。楽天球団はもともと2004年の球界再編にあたり、親会社の都合によって球団を消滅させるのには我慢がならないという「大衆運動」を一つのよりどころとして生まれた。この出発点を忘れないファンにとって、三木谷さんも結局は渡辺さんと似たようなものだったという落胆にはひとかたならぬものがあろう。プロ球団はオーナーの持ち物だが、ファンなくしてはありえない。
そんなに監督がやりたければ、と仮定したうえで、一つ提案がある。順位があらかた決まったあと、シーズン最後の消化試合でいいから「オーナー采配デー」を設けてはいかがだろう。
各球団のオーナー、あるいは実質的オーナーにユニホームを着て指揮を執ってもらうのだ。シーズン143試合、そのなかに1日くらいこういう日があってもいいだろう。
福岡ソフトバンクの孫正義監督がどんな采配を振るうか。自身も草野球のプレーヤーであり、しばしば現場に対し厳しい指摘をしているオリックスの宮内義彦監督の手腕はどうか。千葉ロッテは高齢の重光武雄オーナーに代わってオーナー代行の昭夫氏がベンチに座ることになるだろうか。初の女性オーナーとなったDeNAの南場智子監督に三木谷監督……。盛り上がること請け合いだ。