東京五輪が8月8日閉幕した。東京都などで延長されていた緊急事態宣言が、大会期間中に首都圏3県などに拡大されるなど、感染拡大は加速した。とにもかくにもゴールにたどり着いた様は、3分の1の選手が棄権した最終日の男子マラソンとも重なる。
17日間に史上最多の33競技339種目が実施され、日本は金27個を含む58個のメダルを獲得し、いずれも史上最多を更新した。
注目されたのが新型コロナウイルス対策。7月1日以降に選手や関係者では、選手村に出入りする業者などを中心に430人の感染者がでた。大会組織委が大会関係者に実施したPCR検査は延べ62万4000件で、陽性判明は138人(0.02%)。
外国人選手ら五輪で来日した関係者を日本社会と交らわせない「バブル方式」を徹底し、来日後の検査で陽性となるなど出場できなくなった選手は19人。
さらに、感染防止の指針「プレーブック」に違反して処分された関係者は32人いて、資格認定証のはく奪と一時停止が各8人など。
この間、東京都の1日の陽性判明者は開会式の7月23日の1359人から増え続け、5000人を超える日もあり、閉会式の8月8日には週平均がついに4000人を超えた。
こうしたデータも踏まえ、大手紙は9日朝刊で一斉に五輪を「総括」した。
まず1面の扱いと主な見出しを比べてみよう。
もっとも派手に扱ったのが読売で、1面と最終面(普段はテレビ欄)をぶち抜いて印刷する特別紙面とした。ただ、見出しの言葉は「閉幕」「延期・無観客」などと淡々と書く〝大人しさ〟で、むしろ意外性を感じさせた。
朝日は閉幕とメダル数を見出しにしただけで、問題点を指摘するスポーツ部長の「負の遺産すべて洗い出して」との論文を載せた。
毎日は「異形の五輪閉幕」と大きく書き、五輪・パラリンピック報道本部長論文で「意義と教訓 次世代に」と、課題の指摘に力点を置いた。
日経は「コロナ下 世界と共に/異例の夏 未来へ糧」と淡々としつつ肯定的な見出し。
産経は「未来へ遺産」と大きく打ち、運動部長論文も「コロナ禍乗り越えた底力」と、各紙の中で最も持ち上げた。
東京は、問題の方が多かったというスタンスで、「代償と痛み 未来への火に」との見出しを大きく掲げ、各紙の中で一番厳しいトーンだった。
全紙が、普段は2本のスペースに1本だけの社説(産経は「主張」)を載せた。
そもそも五輪開催を後押ししてきた読売、産経から、中止を訴えた朝日(5月26日社説)まで、選手への賛辞は共通するが、大会の評価は180度といっていいほど違った。
読売と産経は選手の活躍、選手同士の友情(スケートボード女子パークで大技に失敗した選手をライバルが肩車など)といった「スポーツの力はすごい」を前面に押し出し、感動を呼んだ大会を成功と位置付ける論法だ。
読売は「輝き放った選手を称えたい」との見出しを掲げ、〈世界各国から集まった一流の選手たちが見せた力と技は多くの感動を与えてくれた。厳しい状況の中でも大会を開催した意義は大きかったと言える〉と書いた。
産経はさらに強く、「全ての選手が真の勝者だ 聖火守れたことを誇りたい」との長い見出しを付け、〈これほど心を動かされる夏を、誰が想像できただろう。日本勢の活躍が世の中に希望の火をともしていく光景を、どれだけの人が予見できただろう。……新型コロナウイルス禍により無観客を強いられたが、日本は最後まで聖火を守り抜き、大きな足跡を歴史に刻んだ。その事実を、いまは誇りとしたい〉と、情緒たっぷりに書いた。
これに対し、朝日、毎日、東京は、〈アスリートたちの健闘には、開催の是非を離れて心からの拍手を送りたい。極限に挑み、ライバルをたたえ、周囲に感謝する姿は、多くの共感を呼び、スポーツの力を改めて強く印象づけた〉(朝日)などと、選手の努力、活躍を称賛しつつ、特にコロナ禍との関連で問題点の指摘に重点を置く論調を展開する。
〈国民の健康を「賭け」の対象にすることは許されない〉と、主要紙で唯一開催反対を訴えた朝日は、〈しかし「賭け」は行われ、状況はより深刻になっている。懸念された感染爆発が起き、……医療崩壊寸前というべき事態に至った〉と指摘し、菅義偉首相の言葉が国民に届かない状況を嘆き、〈安倍前政権から続く数々のコロナ失政、そして今回の五輪の強行開催によって、社会には深い不信と分断が刻まれた。その修復は政治が取り組むべき最大の課題である〉と断じている。
毎日は〈祝祭感なき異例の大会となった〉と総括したうえで、放映権料収入などの都合で開催に突き進んだ国際オリンピック委員会(IOC)とともに、〈政府や東京都も開催ありきの姿勢を貫いた。「安全・安心」を繰り返すだけで開催の意義を語らず、政権浮揚に五輪を利用しようとするかのような姿勢が国民の反発を招いた〉と批判している。
東京も、無観客や選手の〝隔離〟などを指摘して〈こんな状況を目の当たりにすれば、コロナ禍の日本で今、開催する意味が本当にあったのか、との思いを抱くのは当然だろう〉と、開催自体に疑念を表明。コロナの感染拡大との関係で、〈感染対策は穴が目立ち、菅義偉首相が繰り返した「安全・安心」な五輪が達成されたとは言えない〉〈一定の医療資源を五輪関連の感染に割かねばならなかったことは、逼迫する東京の医療体制に間接的にせよ負荷をかけたことになる〉と指摘したうえで、〈国民の命と健康が最後まで五輪より下に置かれた大会だった〉と指弾した。
コロナ感染拡大には読売も言及するが、むしろ良く克服したというトーン。〈選手村などで大きな集団感染が起きなかったことが、成功の証しと言えるのではないか〉と言い切る。
さらに産経は、感染拡大そのものに言及せず、〈無観客が、日本にとって大きな損失となったことは間違いない。だが、選手たちは連日の熱戦で観客席の空白を埋めた〉など、すべて、選手は頑張ってよかった、というトーンで貫いている。
日経は「『コロナ禍の五輪』を改革につなげよ」と題して、〈スポーツの力を存分に証明した大会といえる〉などと基本的に評価しながら、肥大化、商業化の修正、「多様性と調和」をさらに進めることなど、五輪自体の改革に焦点を当てて論じている。
他紙も、五輪自体の在り方には日経同様、問題点を指摘し、改革を求めている。
「多様性と調和」という東京五輪のテーマにかかわり、女性、人種、性的少数者差別については全紙が意義、今後の展開の重要性に言及。
サッカー女子の各チームの膝をつく反人種差別のポーズ、体操女子のドイツチームの足首まである「ユニタード」着用、トランスジェンダーであることを公表したニュージーランドの選手の出場、難民選手の活躍など、新聞により濃淡はあるが、この点だけは共通して論じた。
日本選手の活躍は多くの日本国民を感動させたが、その評価もきちんとする必要があるだろう。
選手強化が実ったのは間違いなく、例えば読売は〈政府は、東京五輪の招致が決まった13年以降、選手の強化費を増やし、柔道などメダル獲得が有望視される競技に重点的に配分してきた。今回の好成績は、こうした対策が実を結んだと言えよう〉と、成果を誇った。
ただ、選手の極限までの努力を評価したうえで、開催地の「地の利」は指摘しなければならない。無観客で地元の大声援はなくなったが、宿舎、練習場などの条件は開催地が圧倒的に有利だ。特にコロナ禍で外国人選手が行動を制限され、練習もままならないケースもあり、選手村に〝隔離〟された状態の精神的なストレスも、想像に難くない。
日本選手は、お金のある有望競技ではトレーナー、栄養士らのスタッフともどもホテルに滞在し、練習もかなり自由にできた。海外勢でも裕福な国、種目の選手は選手村の外に滞在したが、全体に、いつにもまして日本勢の有利さが際立った大会だったといえる。
こういう視点の記事は、大会開会前後に一部報じられたが、閉幕の8月9日朝刊をみると、各紙、社説では特に触れず、わずかに、毎日と日経が運動面で「地の利」と見出しに取った記事を載せたが、それぞれ前文に「自国開催の大会で飛躍した」「地の利も生かし……」などと書いたものの、本文は強化費の重点配分などに触れた程度。
地方紙のいくつかを見てみると、この問題に触れる社説があった。全国で真っ先に開催中止を求める社説を載せたのが信濃毎日(長野県)だが、9日社説で、〈コロナ禍と1年延期で、選手たちは満足に調整できずにきた。特に海外の選手は、日本の酷暑や時差に慣れる時間が限られ、練習相手も伴えない不利な条件に置かれた〉と指摘した。
北海道新聞も〈日本での事前キャンプが相次ぎ中止となり、多くの外国選手が調整に苦労した。公平な競技環境が提供されたとは言えまい〉と書いている。忘れてはいけない視点だろう。
東京五輪は閉幕しても、様々な議論を引きずることになるだろう。五輪のあるべき姿が大きな論点になるだろうが、前回1964年の五輪が経済を中心とした飛躍の契機信じられているように、日本として、一つに時代の区切りとして、今回の五輪をどう位置付けていくかが問われる。
歴史的な視点という意味で、毎日新聞の伊藤智永記者の連載コラム「時の在りか」(8月7日朝刊)で、「開高健『ずばり東京』は今」と題し、前回の東京五輪の評価に苦言を呈している。
〈五輪がはらんでいた荒廃は、佐藤政権時代に次々と噴き出す。コロナ死者数のべ1万5000人超。69~72年には毎年それ以上の国民が交通事故で死んだ。大学紛争が吹き荒れたのは五輪の4年後。五輪当時15歳だった菅君は東京の大学に入り、やじ馬で新宿騒乱を見物したそうだ。公害国会は70年。五輪を境に日本は根こそぎ変わった。今回の五輪は、さらに病んでいる〉
「歴史の記憶」として、今回の五輪がどう刻まれていくのか。ジャーナリズムの責任は重大だが、今回見た社説などの論は、多分に、目先の政権の手際へのスタンスに引きずられ過ぎのきらいがあり、かなり心もとない。
読売・産経は「成功」、朝毎東日は問題指摘に力 |
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【論調比較・五輪】コロナ禍での「日本有利」指摘の地方紙も
Reuters
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧
大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易 業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東 京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に 『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大 課題』(中経出版=共著)。 |
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