公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)のオフィスは、晴海のトリトンスクエアにある。都庁本庁舎や虎ノ門ヒルズなどに分散していたものを、本番を前に集約したのだ。
上階のオフィスからは、南西1km先に林立する選手村のマンション群を、北西方向2kmには旧築地市場跡地の車両基地予定地を垣間見ることができる。受付に入ると、スポンサー企業の名を連ねたボードが出迎えてくれる。
同じ階の会議室の壁には、ワールドワイドパートナーであるオメガの巨大な腕時計がこれ見よがしに飾られ、実際に時を刻んでいる。
組織委員会と言えば、森喜朗会長や元財務官僚の武藤事務総長らがメディアに露出する機会が多いが、都の副知事経験者が二人も副事務総長として名を連ねている。約1100人の都庁職員が組織委員会に派遣されている。これらはあまり知られていない。晴海トリトンスクエアのオフィスを回ると、旧知の都庁職員に至る所で遭遇するのはそのせいである。もちろん、1100人分の人件費はすべて都庁が負担している。
これに限らず、オリンピックと都庁は、メディアで取り上げられる以上に、複雑に絡み合って抜き差しならない関係にある。本稿では、都庁目線で見た2020大会の実情を明らかにしていきたい。
▽組織委員会を支える都職員
まず、人の関係から見ていこう。
組織委員会は国、都、自治体、民間企業からの出向組が割拠する混成部隊である。1年延期が決まった現時点でも約3800人の大所帯であり、その三分の一を都からの派遣組が占める。枢要ポストを担う数十人規模の管理職もこれに含まれる。
派遣された職員からは、組織風土の違うスタッフ間のコミュニケーションの難しさを嘆く声をよく聞く。仕事の進め方やモチベーションの差も悩みの種だという。来年への延期が決まった今、マンパワーの立て直しは容易ではない。
組織委員会の実態は、都からの派遣組が要所を占めて実務の大半をほぼ丸抱えで推進しているといってもいい。ただし、わずか70人の派遣人数に過ぎない国が財務系のポストだけはちゃっかり掌握している。カネを出すのは東京都だが、コントロールするのは国だと言わんばかりである。
組織委員会とは別に、都庁の本庁組織としてオリンピック・パラリンピック準備局が設置されている。職員定数375人、4つの部を抱える大組織だ。組織委員会との違いが外部からは分かりにくく、屋上屋を重ねるとの批判が絶えない。加えて、都庁の各局にもオリンピック担当が兼務とはいえ配置されている。
このように都庁は、人員配置の面でオリンピックに多大なマンパワーを割いている。都庁なしではオリンピックの開催はできない。開催都市なのだから当たり前であるが、その人的負担は想像をはるかに超えている。
▽オリンピック後が怖い
1964年大会の開催に当たって都庁は大量の職員を採用した。大会後も大半は正規職員として働き続け、これがのちに団塊の世代よりも(!!)大きな塊を形成し、長く都庁の人事政策の足かせとなった。ある世代だけが突出すると、若年世代の採用抑制や主任・係長ポストのアンバランスなどが生じてしまう。また、彼らオリンピック世代の退職期には、その穴埋めのため再び大量採用が行われるという悪循環が生じるなど、長く禍根を残す結果となった。
今回は各世代からバランスよく派遣しているので、世代間バランスが問題化することはないだろう。だが、大会終了後、1100人の職員を都庁に戻すという大問題は依然として残っている。
世界的にコロナ禍が収まらない現状では、大会の中止がこの秋冬にも決まる可能性は大いにある。そうなれば、直ちに受け入れを開始する必要に迫られるが、西新宿の都庁舎は第一本庁舎、第二本庁舎合わせて1万人足らずの職員が勤務しているに過ぎず、その1割以上の人員を即座に受け入れるのは到底できることではない。
そのため、出先機関や外郭団体での活用なども検討されているとも聞く。幸か不幸か、新型コロナ対策要員として大勢の職員を異動させている最中でもあり、そこに回せばいいとの指摘はあるが、ここ数年、オリンピック需要も見据えて採用人数を高水準で保ってきたツケは、オリンピックが開催できるかに関わらず、根深い課題として残らざるを得ないのである。
今後、都財政は厳しい局面に直面する。コロナ不況で税収が落ち込み事業見直しや人員削減が必要な時期と、1100人の引き上げ時期が重なる。宴の後始末は、カネや箱物だけに限った話ではないのだ。むしろ人の問題は、ボディブローのようにダメージを与えると覚悟すべきであろう。
▽自分ファーストな判断基準
都庁は近年、採用に当たっての年齢制限を撤廃し、経験者採用の枠を大きく広げてきた。私が都庁に入った頃に比べて人材の多様化は格段に進んでいる。
だが、オリンピックのような単発の巨大イベントへの人材投入や、新型コロナウイルス対策での臨時的・緊急的なマンパワーのシフトに関しては、経験も浅く対応のスピードも鈍い。また、都庁には1から10まで自前でやらなければ気が済まないという組織風土が根強い。裏返せば、外部人材の活用を躊躇する傾向が強い。新型コロナ対応では、この弱点が露呈した側面は否めないのではないだろうか。
今後起こり得る様々な不測の事態に適切に対応するには、人材の機動的な活用を間髪入れずにできるように、平時から態勢を整えておく必要がある。だが、それが小池知事にできるのか。
3月、新型コロナ拡大初期の段階、オリンピック開催にこだわる知事は1年延期が決定されるまでコロナ対策にほとんど着手しなかった。が、延期が決また途端、「感染拡大 重大局面」のフリップを会見の場で掲げた。そうかと思えば、8月末、飲食業などへの午後10時で営業を打ち切る時短要請を23区に限って9月15日まで延長するとした。新規感染者数は明らかに減少局面に入っているタイミングでの判断に説得力はなかった。
政治的なパフォーマンスを基準に自分ファーストで判断を下す小池知事。彼女に五輪の行方を委ねるのは、リスク管理上、如何なものかと思わざるを得ない。
◇ ◇
築地から豊洲市場への移転の小池知事の迷走ぶりを暴露した『築地と豊洲』(都政新報社)を出版した都庁幹部の澤章さんによる都政ウォッチの連載を始めます。2週間に1度程度の掲載となる予定です。
五輪組織委 都職員が1100人も出向 |
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【都政を考える 検証・五輪と都庁①】人件費丸抱え、五輪後の処遇は困難
リオで五輪旗を引き継いだ小池都知事=Reuters
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澤 章(都政ウォッチャー)
1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。(公)東京都環境公社前理事長。2020年3月に『築地と豊洲「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する』(都政新報社)を上梓。著書に『軍艦防波堤へ』(栄光出版社)、『ワン・ディケイド・ボーイ』(パレードブックス)、最新作に「ハダカの東京都庁」(文藝春秋)、「自治体係長のきほん 係長スイッチ」(公職研)。
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