4年前、初当選直後の小池知事はオリンピックのボート会場の変更を打ち出し世間の耳目を集めたが、結局、原案に戻っただけだった。
競技会場問題は、コスト削減の格好の材料にされやすい。曰く、新しく建設するより既存の施設を有効活用したほうが安上がりで、環境にも優しい。この一見正論に聞こえる考え方が、ことオリンピックに関しては通用しない。なぜか。
2020大会は、成熟した都市東京の既存施設をフルに活用することで無駄な都市開発をせずに、環境負荷も低く抑えられる優等生的な大会になるはずだった。しかし実際にふたを開けてみたら、この既存施設の活用がとんでもないカネ喰い虫、手間喰い虫であることが判明したのである。
国立代々木競技場体育館をリニューアルして使うといったレベルの話ではない。東京ビッグサイトと東京国際フォーラムを例に話を進めよう。
▽ビッグサイトが使えない
都市施設を一時的とはいえ本来目的以外に使用することは、もともとの都市機能が停止することを意味する。代替措置を取ろうにも、東京では都市空間の狭さゆえに物理的に不可能に近い。その典型例が東京ビッグサイトである。
ビッグサイトは、オリンピックにおいてIBC(国際放送センター)とMPC(メインプレスセンター)として使用されることになっている。東展示場は既に会場としての準備が進められているが、見本市などで見慣れた仮設の間仕切りが並んでいると思ったら大間違いである。屋内にもう一つ堅牢な建造物が設置されているのだ。これがIOCから要求される施設基準なのである。
アメリカのテレビ局などはこの堅牢な建造物の一角にスタッフ専用の食堂まで設置している。1年延期になったからといって容易に取り外すことはできない。設置も撤去も通常の仮設とは比べものにならないほどコストと手間と時間がかかるのだ。しかし、要求されれば断れないのが今のオリンピックである。
ビッグサイトは近年、駐車場をつぶして南展示棟を新設するなど拡張に意欲的に取り組んでいるが、床面積は国際比較で50位当たりをうろうろしているに過ぎない。それでも、地の利もあって国内での需要は膨大であり、閉館するオリンピック期間中の代替措置を業界から強く求められた結果、東京テレポート駅近くに仮設の展示場が設置された。
新型コロナの拡大によって展示会ビジネスの先行きが不透明になっているとはいえ、そもそも論で言えば、日本有数のコンベンションセンターをオリンピック開催を大義に掲げて相当期間閉鎖し展示会ビジネスを停滞させること自体、おかしな話で、本来、オリンピックか展示会ビジネスかの二者択一問題ではないはずである。実際、1年延期により、ビッグサイトに入っていた今秋以降の予約はキャンセルされてしまっている。
東京における既存施設の利用といえば聞こえはいいが、実は経済への影響をほとんど無視した乱暴な策としなければならない。
▽東京国際フォーラムで経験した理不尽な要求
既存施設利用の限界は都市機能・経済活動の停止問題だけではない。有楽町駅隣接の東京国際フォーラムもある意味、被害者のひとりである。フォーラムではウエイトリフティングが5000人収容のホールAで実施される。この話をすると、「え? ステージの床が抜けないのか」と必ず問い返される。
床を補強し特殊なマットを敷くことで解決するそうだが、問題はIFと呼ばれる国際競技連盟である。
私がフォーラムの常務取締役をしていた時期、何回かウエイトリフティングのIFが組織委員会を伴って視察に来た。彼らは施設を見て「素晴らしい」を連発したが、それ以上に無理難題を押し付けてきた。まず、ステージ横の控室の天井をもっと高くしろと言ってきた。
次に、ステージをもっと前にせり出させて目立つようにしろとも言った。そのために観客席の座席を取り払えとも。冗談かと思ったが彼らは本気だった。
この手のIFのわがままに、競技会場に指定された既存施設も組織委員会も多大な労力をかけて調整をしなければならない。ゼロから作るのならコストはともかく造作もないことだが、既存施設ではそうはいかないのである。
問題はまだある。フォーラムは基本、貸館業である。施設が一定期間使えなければ収入も途絶える。加えて、施設内の飲食店等も営業停止になり同様の被害を被る。大まかに計算して約7億円になる。さらに、敷地内の設置されている自販機も使用不可だ。既存施設をオリンピックに活用すればするだけ、その裏で営業補償の額は膨れ上がっていくのである。
ビッグサイトもまったく同じ問題を抱えているのは言うまでもない。
私がフォーラム在籍中には、店舗等の営業補償は組織委員会が担うが、都関連施設本体の補償は他県の施設に範を示すために行わないとの結論だった。スキームがどうであれ、金欠の組織委員会がすべてを負担するとは考えられないし、到底できない。補償なしの都関連施設の収入減の補填も含め、結局は回り回って都庁がこっそり肩代わりすることになるのは、誰の目にも明らかである。
議論には上らないが、既存施設の活用による想定外の財政負担がこんなところにも潜んでいるのである。
▽オリンピックは割が合わない
成熟した大都市にとってオリンピックは割が合わない。これがひとつの結論である。どこか未利用の広大な埋立地にゼロから競技会場を新設したほうがよほどコストがかからず、環境負荷も少なく、IOCやIFのわがままも聞き入れやすい。2020大会を見ても「江東区オリンピック」と揶揄されるほど江東区内に競技会場が集中しているが、これは、過密な東京にあって埋立地でできている江東区に最も空き地が多いからに他ならない。
結果としては、「既存より新設」のセオリーどおりに2020大会を準備したということである。
そもそも既存施設の活用は割に合わないとは新手の詐欺にあったような話だが、現行のオリンピックはこうしたパラドクスを構造上、内包している。したがって、国民や参加者はやってよかったというだろうが、関係者はやらなきゃよかったと独り言を漏らすだろう。
仮に2020大会が開催されれば、大成功だったと後に公式文書には記載されるだろうが、既存施設の活用がどういう結果をもたらしたのか、十分な検証が強く求められる。
一期目の小池知事は過去の都議会自民党主導の都政をブラックボックスと決めつけ、情報開示が不十分と非難した。ならば、2020大会の関連の資料は、組織委員会分も含めて、きれいさっぱり開示していただかなければならないだろう。それが情報公開を行政の一丁目一番地に掲げる政治家の筋というものである。
「既存施設は安上がり」のウソ |
あとで読む |
【都政を考える 検証・五輪と都庁②】成熟した大都市に五輪は割に合わない
東京ビックサイト=CC BY /Morio
![]() |
澤 章(都政ウォッチャー)
1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。(公)東京都環境公社前理事長。2020年3月に『築地と豊洲「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する』(都政新報社)を上梓。著書に『軍艦防波堤へ』(栄光出版社)、『ワン・ディケイド・ボーイ』(パレードブックス)、最新作に「ハダカの東京都庁」(文藝春秋)、「自治体係長のきほん 係長スイッチ」(公職研)。
|
![]() |
澤 章(都政ウォッチャー) の 最新の記事(全て見る)
|