東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(元首相)の女性蔑視発言が世論の猛反発を買っている。2月4日に釈明の記者会見を行ったが、「謝罪」のはずが「逆ギレ会見」とネット上で炎上、火に油を注ぐ事態になっている。
テレビのワイドショーでも批判が噴出している。大手紙は朝日など4紙が社説で明示的、または暗に辞任を求めた。一方、読売、産経の〝与党系メディア〟は淡々と報じるばかりだ。
問題の発言は、3日の日本オリンピック委員会(JOC)臨時評議員会で飛び出した。名誉委員とし、 ポイントを挙げると、「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげていうと、自分もいわなきゃいけないと思うんでしょうね。それでみんな発言されるんです」
「女性(の理事)を増やしていく場合は、発言時間をある程度、規制をしないとなかなか終わらないので困ると言っておられた。だれが言ったとは言わないが」
「私どもの組織委員会に女性は7人くらいか。7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」
「女性蔑視」として3日の夕方以降、テレビでも大きく報じられ、森氏は4日に会見を開いて釈明した。これも冒頭発言から全てのやり取りが日刊スポーツのサイトなどで読める(サンスポのように、「全文」と銘打っていても、例えば「(記事を)面白おかしくしたいのか」と森氏が逆ギレしたやり取りをカットしているものもある)。
4日の会見は森氏自ら組織委に連絡し、謝罪の意向を示し、開くことになったという。冒頭、「オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な発言だった。深く反省している」と述べ、発言を撤回して謝罪した。
進退を問われると「辞任するという考えはありません。私は、一生懸命、献身的にお手伝いして、7年間やってきたわけですので、自分からどうしようという気持ちはありません」と明確に否定した。
他方、「(記事を)面白おかしくしたいのか」「そういう話は、もう聞きたくない」と途中で質問を遮る場面もあり、「謝罪のはずが逆ギレ会見」(ハフポスト日本版)などの批判も受け、与党サイドの論評で知られる政治ジャーナリストの田崎史郎氏も「(会見の質疑応答を)やればやるほど深みにはまっていく」(5日TBS「ひるおび」)と、困惑の表情を浮かべている。
「神の国発言」など過去の森氏の失言癖を振り返って妙に納得する向きもあるかもしれないが、現代の常識から問題外の発言であることは、森氏自身が撤回・謝罪していることからも、論じるまでもなく、「♯わきまえない女」がツイッターのトレンドでトップになるなど、広範な反発を招いたのは当然だ。
森氏の発言には、五輪開催都市・東京都の小池百合子知事が5日、4~5日に多数(100件以上)の抗議の電話があり、五輪の大会ボランティア辞退の申し出も続出していると明かした。オンラインの「森氏の処遇の検討および再発防止」を求める署名が開始20時間足らずで5日午後に5万人を突破し、6日夕方には11万人を超えるなど、国民の反発は強い。
同時に、組織委会長という立場を考えると、より深刻なのは、差別を禁じるオリンピック憲章と相いれない発言だということ。
国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)は4日、「森氏は不適切な発言について謝罪した。もうこの件はこれで終わりだ」とコメントを出しているが、世界に日本が女性蔑視の根強い国だと「発信」してしまったことを消すことはできない。
「ダボス会議」を主宰しる世界経済フォーラムが発表する男女格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」(2019年12月)で、日本は153カ国中121位という不名誉に甘んじているが、森氏の発言は、奇しくもこれを裏付けた格好。
外国のメディアも、英BBC(電子版)が日本のネット上で「恥ずかしい。もう出て行け」といったコメントや、森氏が辞任しないなら五輪をボイコットするよう呼びかけるツイートが発信されていることなどを報じているほか、「政治家や企業の役員に女性が極めて少ない日本で、嵐を引き起こした」(米AP通信)、「謝罪のための会見でさらなる批判の引き金を引いた」(仏AFP通信)といった批判、皮肉があふれている。
IOCは事態を沈静化させようと必死だが、IOC委員のヘイリー・ウィッケンハイザー氏(カナダ女子アイスホッケー元金メダリスト)がツイッターに「朝食会のビュッフェでこの男性を追い詰めます、絶対に。東京で会いましょう!」と投稿するなど、批判が収まるとは思えない。
「組織委内で(森氏に)やめろという声は起きない。国際的な目とのギャップが大きい」(田崎史郎氏、TBSひるおび)状況は続きそうだ。
この問題の大手紙の報道は、4日朝刊では朝日が対社面(社会面見開きの右側頁)左肩3~4段見出し相当、毎日も社会面左肩3段見出しで発言を比較的簡単に報じた程度。
ところが、森氏の会見を受けた5日朝刊は朝日、毎日、東京が1面トップに始まって、関連記事も、朝日がスポーツ面のほか社会面1頁ほぼ全面、毎日は3面「クローズアップ」、スポーツ面、社会面の大展開、東京も2面「核心」、スポーツ面、「こちら特報部」(見開き)、社会面と大々展開した。
一方、「与党メディア」とされる読売は1面左中央3番手の3段見出し、関連記事は3面「スキャナー」で菅義偉政権の「火種」の一つとして書いたほか、社会面は左肩3段見出しだけ。産経に至っては1面に1行もなく、本記が2面3段見出し、スポーツ面に2段見出しの短い記事、社会面も発言や会見の要旨という超地味な紙面だった。
このテーマで、記者なら絶対取材するはずと思われるのが、JOC理事の山口香氏(元柔道女子の五輪メダリスト)だ。毎日と東京は顔写真入りで談話を載せ、朝日も社会面の記事中にコメントを引用。
その中で山口氏は〈大会の信用に関わる〉(東京)と嘆き、〈日本がまだにそういう考え(女性蔑視)を持っていると配信されたのが残念だ〉〈JOCとして……今後どう信用を取り戻すかは大きな問題〉(毎日)などと述べている。
世論調査では新型コロナで五輪中止・延期論が多い中、開催機運が一段としぼむとの懸念も広がっているが、森氏が辞任を否定し、菅義偉首相も国会質疑などで辞任を求めない姿勢を示している。そのあたりの事情を解説する記事もある。
読売は3面「スキャナー」で〈政府内には、五輪開催への悪影響を懸念する声もあるものの、首相周辺は「いま森氏が辞めれば組織委はガタガタになる」と語る〉と書き、辞めさせられない政権の事情を説明。
毎日3面「クローズアップ」は〈建設費が高騰して国民から批判された国立競技場の計画撤回や、コンパクトをうたいながら10都道県の広域開催にかじを切る際に、森氏は政治手腕を発揮してきた>
さらに<結果的に実質的な権限が森氏に集中。森氏の了解なしに物事が進まなくなった。ある政府関係者は「森会長にそんたくするあまり、政界も官僚も誰も何も言えなくなった」と表現する〉と解説している。首に鈴をつける人がいないということか。
また、毎日7日朝刊は森氏へのインタビューをもとに、〈「元々、会長職に未練はなく、いったんは辞任する腹を決めたが、武藤敏郎事務総長らの強い説得で思いとどまった」と、会見に至った経緯や舞台裏を明かした〉との記事を掲載している。
社説は、日経を含め4紙が、間髪入れず5日朝刊で一斉に掲載した。
朝日は〈そうでなくても懐疑論が国内外に広がるなか、五輪の開催に決定的なマイナスイメージを植えつける暴言・妄言だ。すみやかな辞任を求める〉と、明快に辞任要求を突き付けた。
他の3紙はいずれも同じような書きぶり。
〈一連の言動は、東京大会を率いる責任者としては失格だ〉(毎日)
〈森氏は辞任を否定したが、会長は大会の意義を深く理解する人物であるべきだ〉(東京)
〈(発言を)撤回することは当然だが、それだけですむことではないだろう〉(日経)
3紙とも、明言はしないが、事実上、辞任すべきだという立場だ。
読売、産経は6日朝刊でようやく社説(産経は「主張」)で掲載したが、世論の批判が収まらないのを見極めたことがうかがえ、読売が〈森氏は辞任を否定しているが、大会運営を担う組織のトップとして、自覚を欠いている。開幕を5か月半後に控えたこの時期に、失言で混乱を招いた責任は重い。発言の影響を踏まえて、身の処し方を再考すべきではないか〉と、毎日などの事実上の辞任要求に同調。
産経は〈森氏がトップに立つことが開催機運の障害となっている現実を、組織委は自覚してほしい。……これ以上向かい風が強まれば、開催への機運は本当にしぼんでしまう〉と、組織委・JOCに「猛省」を促すが、辞任要求を示唆するような表現は避けている。
菅首相はコロナ対策の遅れへの批判に加え、自身の長男の総務省幹部官僚への接待疑惑も浮上するなど、厳しい状況に直面している。これに森発言が加わり、政権の負のスパイラルが一段と加速しそうな気配だ。
朝日「すみやかな辞任を」、毎日、東京、日経、読売も事実上の辞任要求 |
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【論調比較・森五輪組織委会長「女性蔑視」発言】読売、産経は淡々と小ぶりの報道
森氏=Reuters
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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