4日、英国の放送規制当局は、中国国営の海外テレビ放送「中国国際テレビ(CGTN)」の英国国内での放送免許を取り消すと発表した。
これは中国の「ソフト・パワー」に対する「深刻な侮辱」(『ル・モンド』紙論評)である。CGTNが公平性、正確性、プライバシー保護などのルールを守らず、またCGTNを今後運営するとされる中国側組織が中国共産党支配下にあることも英国法上不適格と判断された。
背景には、人権擁護活動を行うNGOが中国の宣伝と人権の問題を英規制当局に訴えたことがあるようだ。このNGOはカナダ、米の放送規制当局にも同様の訴えを行った。
中国は事態を深刻に受け止めているようだ。5日、中国外交部報道官は英当局の決定を非難し、対抗措置をとる権利を留保すると述べ、同時にCGTNの活動は中国共産党の指導を受けることも確認した。
約1年前には中国の活発な対外宣伝活動は米国でも警戒をよび、規制が強化されていた。今回の事案が単発の問題で終わるのか、他にも波紋を広げていくのか注目される。
▼対外宣伝活動に力を入れる中国
中国は、CNN、アルジャジーラなどの成功にも刺激を受けて、外国語による海外向けテレビ放送を充実させている。
中国国営テレビ(CCTV)の英語ニュースは2000年から活動を開始し、英国でも18年間放送していた。
中国は2016年12月13日、海外向け放送事業を整理統合してCGTN(China Global Television Network)という新組織を発足させ、海外24時間テレビ放送を更に拡充させた。
CGTNは北京の本部以外に、海外拠点を英国ロンドン(欧州統括)、米国ワシントン、ケニア・ナイロビ(アフリカ統括)に設置した。英語以外に、フランス語、スペイン語、ロシア語、アラビア語放送もしている。現在100カ国以上で8500万人の視聴者がいると言われる。
対照的に、中国国内(一般家庭)では、米CNN、英BBC、仏TV5などの欧米テレビ・ニュースを視聴することはできない。中国の当局が許可を出さないからだ。(外国人が宿泊する高級ホテルでこれらを視聴できるのは、あくまでも例外扱い。)
▼英国放送規制当局の指摘
英国では、新聞は党派性が強い個性的なものが多いが、テレビに関しては規制当局が公正性、正確性、プライバシー保護などを厳しく求めている。
そのため米国Fox News(保守系、共和党寄り)のような党派性の強いテレビ局が、英国で放送免許を得るのは難しいと言われてきた。
それでも英国では中国のCGTN以外に、イランのプレスTV、ロシアのRT(ロシア・トゥディ)が放送免許を得ていた。しかしこれら全てのテレビ局に対して、英国放送規制当局(オフコム)は、ルール違反の指摘などを行い、様々な処分を下していた。
2012年、オフコムは、イランのプレスTVの放送免許を取り消した。
2018年、英国市民のピーター・ハンフリー氏はCGTNとその親組織であるCCTVに対する訴えを起こした。同氏は中国で拘束されていたが、不法な強迫の状況下で自白をさせられ、それがCGTNにより放送されたと主張した。
(同様に、中国系スウェーデン人グイ・ミンハイ(中国で拘束中)、香港市民サイモン・チェン(元英国総領事館員)も強制された自白がCGTNで放送されたとの訴えが出された。これらを含め、調査中で、近い将来結論が出る見込みの事案がいくつかある。)
2019年、オフコムは、ロシアのRTに公平性違反(元ロシア・スパイのセルゲイ・スクリパリ毒殺未遂事件報道など)で数十万ポンドの罰金を課した。
昨年5月、オフコムは、香港の民主化運動についてのCGTNの放送で、北京の見解以外の見解を伝えなかったため、公平性ルールに違反したと指摘した。
昨年7月、オフコムは、CGTNが、その番組の素材取得に関連してルールに違反したと指摘した。
2月4日、オフコムはCGTNの英国国内での放送ラインセスを取り消すと発表した。以下、オフコムの発表文(オフコムのウェブサイト)から引用する。
英国放送法上、放送免許を持つ者は放送内容を管理でき、責任を持てる者とされる。CGTNの場合、免許を持つのは「スター・チャイナ・メディア」社である。しかし同社は編集上の責任を有していない。つまり放送サービスを管理する法的要件を満たさない。
CGTN側から新たな事業体(CGTNC)に放送免許を移すとの提案があったが、この組織は究極的には中国共産党に支配されている。従って放送免許保持者として不適当だ。
CGTN側にはルールを満たすよう十分な時間を与えたが、対応は不十分だ。
慎重に検討した結果、放送免許を取り消すこととした。
CGTNがルールに違反したかもしれない事例をまだいくつか調査中である。
▼中国は外交部も反発、対抗措置を示唆
北京のCGTN本部は、オフコムの決定に遺憾と反対を表明し、CGTNの放送は、「客観性、理性、バランスの原則に基づき全世界でニュース報道を展開し、エミー賞など多くの国際的な賞を受賞してきた」と主張している(CGTNの声明文)。
そしてオフコムに対し、「2020年初頭、一部の右翼組織や反中国勢力に操縦されて突然に、CGTN英語ニュースチャンネルの英国での放送免許に対して調査を開始した」と非難した。
(この「一部の右翼組織や反中国組織」として何を念頭に置いているかは、後述。)
5日、中国外交部王文斌報道官は、記者会見でオフコムを非難した。
オフコムは、イデオロギー的偏見に基づき、政治的理由でCGTNの英国での普及を抑圧し、技術的問題を政治化した。
中国は英国に対し、政治的な策動を直ちに停止し誤りを正すことを求める。中国は中国メディアの正当な権益を守るため、必要な対応をとる権利を留保する。
「必要な対応」が何かは説明していないが、最近中国は英国BBCの新疆ウイグル報道などを強く非難しているので、BBCに対する何らかの措置をとるのではないかとの見方も報じられている。
カナダの『グローブ&メール』紙記者が「CGTNが中国共産党の支配(コントロール)を受けているというオフコムの指摘は正しいのではないか」と質問したのに対し、王報道官は次のように答えた。
「中国は共産党が指導する社会主義国家である、中国のメディアの属性は、英国側にとっても一貫して明確だ」「英国側が今になって中国メディアの属性について語り、CGTNの英国での活動を妨害するのは、完全に政治的策動だ」
西側の人々が疑問に思うのは、特定政党が指導する機関が、どうやって客観性、公平性などを確保できるか?である。
▼NGO「セーフガード・ディフェンダーズ」の活動が背景に
CGTN声明文(前述)にある「一部の右翼組織や反中国勢力」は何か?
『ル・モンド』報道などによれば、NGOの「セーフガード・ディフェンダーズ」を指しているようだ。このNGOが2020年始めにオフコムに送った訴えが、今回のオフコムの決定の(一つの)キッカケになったようだ。
その内容は、2018年にCGTNは重大な組織編制替えと支配権に関わる変更があり、その結果英国放送法に抵触しかねない事態になったが、そのことをオフコムに報告していなかったというものらしい。
「セーフガード・ディフェンダーズ」は2016年に組織され、スペインで登録されたNGOであり、人権擁護、特に中国での人権擁護活動を行っている。
同NGOによれば、中国の対外宣伝機関(CCTV、CGTN、中国国際ラジオ等)は、欧州統括拠点として英国での活動を2020年末の時点で断念し、ベルギー・ブリュッセルに移す準備をしている由である。
▼米国、カナダ、欧州大陸にも波及するか?
米国では、約1年前の昨年3月2日、ポンペオ国務長官(当時)が、中国の公的な5機関―新華社、CGTN、中国国際ラジオ、『チャイナ・デイリー』(英字新聞)、『人民日報』―を「外国のミッション」(大使館、総領事館と同じ)と指定し、米国に駐在できる人数を100人までに限定すると発表した。
NGO「セーフガード・ディフェンダーズ」は、カナダと米国の放送規制当局にも、CGTNの問題点を指摘しており、反応を待っているという。
またCGTNの件は『ル・モンド』紙等で報じられており、欧州拠点が英国から欧州大陸に移っても、同様の厳しい目にさらされていくだろう。
(参考文献)
“Le télévision international chinoise privée d’antenne au Royaume-Uni”、 Le Monde、 2021年2月5日
“Pourquoi une chaîne comme Fox News peut difficilement exister au Royaume-Uni”、 Le Monde、 2020年9月11日
英国テレビ規制当局オフコムのウェブ・サイト
https://www.ofcom.org.uk/
CGTNのウェブ・サイト
https://www.cgtn.com/
NGO「Safeguard Defenders」のウェブ・サイト
https://safeguarddefenders.com/
英国での中国テレビ放送免許取り消しの波紋 |
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【世界を読み解く】英当局「十分な時間を与えたが、対応は不十分」
CGTNのサイト
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハ
ーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政 治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスク ワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・ 組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代 表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現 役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシ ー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史 ~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品社)、”Emerging Legal Orders in the Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『 極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞 』(2021年出版予定)。 |
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