11月11日は中国では独身の日とされ、ネットショッピングの各社がセールを行っている。今年はコロナ禍で抑制されていた消費を喚起しようとセール期間も従来より延長され、売上も過去最高をどれだけ更新するかと期待されていたところに水を差す出来事があった。
11月10日、中国の国家市場監督管理総局から「プラットフォーム経済領域における独占禁止指針案」がパブリックコメントを募集する形で発表された(締切は11月30日)。その直前の11月3日には、世界最大規模になると注目されていたアリババ社の金融部門の子会社であるアントグループの上場が突如延期となったこともあり、躍進を続ける中国の巨大IT企業への政府の締め付けが強化されるのでは、と市場に警戒感が広がった。
規制対象と想定されるアリババやテンセント、ジンドンやメイチュアン等の香港市場の株価は11日までに軒並み10%を超える下落となった。
指針案で主に対象となる独占的行動には、支配的地位の濫用、事業者の集中、排除権力の濫用、競争の制限などが含まれている。その中で支配的地位の濫用には、不公正な価格設定、ダンピング、取引の拒否や制限、不合理な取引条件、差別的扱いなどが明記されている。
同時に指針案では、販促時の不当な価格設定、虚偽の宣伝、意図的に景品の当選者を特定するといった欺瞞的な販売を明示的に禁止している。行間の解釈や運用次第ではあるものの、全体方針は業界発展や消費者保護という名目下では割と常識的な内容でもある。
尚、規制当局は指針案発表4日前の11月6日には中国の主要ネット企業27社の担当を集めて会議を行っており、指針案同様の内容を指導している。
それでも、中国の巨大IT企業による影響力の拡大は止まることを知らないように感じられる。ネット上の商取引や決済は年々増加し、コロナ禍のような一般経済に打撃を与えるような出来事もむしろ追い風として成長を加速化させている。
取引増は新規出店者や消費者を更に引き寄せ、そこでの取引手数料だけでなく購買に関わるあらゆる情報を積み増すことにより事業分野の拡大にも繋がっている。今回上場が延期となったアントグループは保険分野も手がけており、他にもアリババグループ全体としては不動産や薬品、農業や新エネなど幅広い分野に進出している。
広がる経済圏は参加者にとっても何かしらの波及効果を期待するバンドワゴン効果をもたらして更なる拡大を促すことになる。加えて将来の新事業を創るベンチャー投資に関しても、最近では巨大IT企業のような幅広い事業を自ら行っている企業からの投資に優位性が高まっている。
金融機関を中心として短期の利益回収を目的とした伝統的なベンチャーキャピタルに比べ、長期的かつ自らの事業に資するような戦略的な事業者からの投資はイノベーションや創業の成功率が高いと評価されている。
今回の指針案が直接的に有効なのは、巨大IT企業が高まる自らの優越的地位を背景に不公平な競争を阻害するというやや限定的な側面でもある。確かに現地では、中国のECサイトで出品する日本のメーカーからの声として、従来サイトに加えて新たに別のサイトで出品しようとしたところ従来サイトの運営企業から圧力を受けたといった件も聞いている。
このような状況に対しては今回発表された指針案が改善には繋がるかもしれないが、前述のように自然に拡大するエコシステムを止める手段にはなり得ないだろう。また直接的な圧力が無くても、いまやあらゆる業界に巨大IT企業の影響力が拡大しているため、その経済圏からの離脱しようものなら、「排除される」という不安を抱える事業者は留まり続ける可能性は高い。
中国巨大IT企業への独占規制強化が容易ではないのは、広い中国の地方では現地政府と巨大IT企業を含めた民間業者が利害を同じくして協働する例が増えていることもある。
例えば、浙江省の杭州市は昨年秋には民間企業100社に政府職員を派遣する計画を発表して結びつきを強めた。市内に本社を擁するアリババ社とはあらゆる都市データをAIを活用して交通や災害対処および治安等の幅広い分野での都市問題解決に結びつける「シティブレイン」構想を展開している。
浙江省は全国的にも民営企業が発展しており、近年でも国内の民営企業上位100社の輩出数でトップに立っている。地方政府にとっては多くの雇用や税収を産み出す民営企業の重要性は増している。
共産党内部でも出世に繋がる評価基準で主要な1つは担当地域の経済発展でもあることから主要企業を後押しする傾向が見える。
習近平国家主席は2002年から2007年の間に浙江省のトップである党委員会書記を務めている。当時でも浙江省のGDPの過半は民営企業によるもので、近隣に比べるとその割合は倍以上、就任期間中の浙江省経済の成長率は12.6~14.7%と全国最高地域の1つであった。
現在では民営企業は全国的にも雇用、税収、イノベーション等の分野で国家経済を率いる役割を果たしており、かつて地方政府を率いた習近平国家主席もその重要性を認めている。
それでも社会への影響拡大と情報蓄積を続ける巨大IT企業への中央政府の底知れない不安は収まることはなく、これまでも民営企業内部に共産党委員会を設置することを義務づけたり、民営企業の持つ情報を政府が取得できる制度を整えたりしてきた。
2017年に成立した国家情報法の7条では「いかなる組織も公民も国家の情報活動を支持、協力しなければならない」とされている。
結果としてこのような方針が中国のスパイ活動を警戒する米国によって中国製機器排除の遠因にも繋がった。だが、外国での諜報支援のためというよりは、国内では行政との協業からもいまや公的な情報すら収集し得る民営企業を管理するための意図が感じられる。
今回指針案が出された独占禁止規制の延長として将来的に中央政府がたとえ巨大IT企業に資本分割を命じたとしても、彼らのエコシステムの分断やビックデータの共有等まで規制できるのか、不安は残るであろう。
今年の独身の日セールの取扱額はアリババ社だけで約7.9兆円の前年比約86%増を記録した。
独占禁止指針案の発表で一時大きく下げた株価は他社も含めてほぼ回復しつつある。市場からも成長の継続が期待されている。しかし大きくなり続ける巨大IT企業をいかに管理することができるのか、もはや一蓮托生になりつつある政府には難しい舵取りが迫られつつある。
中国政府 巨大ITへの独占禁止指針 |
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【中国IT事情】巨大企業を制御したい政府だが・・・
上場を見送らされたアントグループ=Reuters
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小池 政就(日中イノベーションセンター主席研究員)
工学博士、日中イノベーションセンター主席研究員。丸紅勤務、東大助教、日大准教授、衆議院議員を経て北京へ。
専門は国際関係、エネルギー、科学技術と幅広く、米国、英国でも留学および勤務歴あり。 現在はブロックチェーン企業の顧問も務める。 |
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