今回の新型コロナ感染症下、日本の株式市場では低迷する多くの既存産業や一服しつつあるバイオ関連分野を横目に、いまだに年初来高値もしくは上場来高値を記録する分野があるのをご存じだろうか。
この機会に社会に急速に浸透しているDX(デジタルトランスフォーメーション)関連やリモート作業を支えるPC関連機器やゲームなど、いわゆるウィズコロナかつアフターコロナといった、新たな生活形態に合致する銘柄が確かに注目されてはいるが、結局それらを幅広く支える半導体関連銘柄の値動きはより底堅く安定しているのである。
中国においても同様の傾向が見られている。中国の国内株式市場における半導体企業の株価は他のどの分野に比べても軒並み高騰している。
筆者は以前にここで北京の中関村地域をはじめとする中国のベンチャー投資について触れたが、後日現地のVC(ベンチャーキャピタル)に近況を聞いたところ、「最近は経済的な影響もあり新たな投資は増えていない一方、半導体分野への投資は集中している」との回答であった。
これは日本同様に今回のコロナ禍で更にデジタル化する社会の基盤でもある半導体分野への投資需要が後押しされた点に加え、米国との関係再悪化から改めて国産化を進めなければならないという環境変化も影響している。
更にさかのぼれば、今回の新型コロナ感染症をめぐる米中関係の悪化の前に既に両国間の対立は表面化しており、その直接的な引き金となったのが半導体分野を含む製造業における中国の国産化方針であった。
中国は国内の市場規模が拡大しているものの、多くの先端技術製品を輸入に頼っており、巨額の貿易赤字の解消や経済安全保障の確保のためにも国を挙げて国産化、技術開発、産業化を推進する方針を進めている。
2015年5月に発表された『中国製造2025』では目標時期と数値を定め、各産業における段階的な発展と国産化の推進を掲げている。
この『中国製造2025』は同時期に米国やドイツ、日本からもそれぞれ示された産業政策方針の類ではありながら、とかく欧米から批判される対象となった。内容的には中国の建国100周年である2049年までに中国が他の製造業先進国を凌駕する、という野心的な目標を立てて国内を鼓舞する代わりに他国にとっては中国への脅威感を増すこととなった。
なお、中央政府が特定の産業分野を育成する姿勢は過去の日本の方針を彷彿させる面がある。
現に筆者が意見交換した清華大学や北京大学の教授およびシンクタンク研究員などからは、日本の過去の産業政策を肯定的にとらえる意見が多く聞かれた。これは日本国内ではどちらかというと、結果が伴わなかった事や補助金の流用等から否定的な評価が多い状況に比べると意外でもあった。
ある経済系の清華大教授は「日本の産業政策がなぜ上手くいかなかったのか」という理由に「やり続けなかったからだ」と答えた。
ただし当時の日本以上に現在の中国が他国に与える恐怖感は強く、かつ『中国製造2025』では明確な国内自給率目標等も示されているので、その達成のために自国企業への多大な援助や優遇措置が予想され競争環境が不公平になるのではという懸念が欧米諸国からは示されている。
半導体集積回路の目標としては、中国は2020年に自給率49%、世界シェア約43%、2030年に自給率75%、世界シェア約46%という数値が明確に示されている。2020年となった現在、中国は半導体集積回路の市場規模の世界シェアでは約46%と需要面では世界の約半分を占めるようになっている。
2000年には同シェアはわずか約7%だったので需要の拡大はすさまじい。しかし国内自給率はいまだ低迷しており、比較的国産化が進む携帯用のチップやパッケージ等でも約20%で、プロセッサやGPU等の先端技術製品ではいまだ約2%程度となっている。
そのため拡大する国内需要を満たすために輸入に依存し、中国の品目別輸入額で半導体は原油や他を圧倒して約3000億ドル(約32兆円)にまで達している。貿易赤字の拡大だけでなく、欧米との関係悪化から輸入による調達にも障害が出始めている。
このような背景からも中国では半導体分野への投資が加速していると言える。清華大学が運営する中国最大の半導体グループである紫光集団とその傘下企業も積極的に資金や人材の調達、および研究や事業展開を進めている。
日本からは昨年、元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏が副総裁として参画した。年初のシンポジウムで一緒に登壇した際、剣道で鍛えているという坂本氏からは並々ならぬ意欲を感じた。決して顧問的な位置づけで参画
するのではなく、川崎の施設を拠点に半導体メモリの核心的な研究開発を率いる役割を担っている。
紫光集団は半導体メモリ分野に10年で約13兆円の資金を投入する計画を擁していると言われており、重慶市の新工場で2022年から量産に入る体制を整えている。国内の需要拡大の一方で国外からの調達が困難になる環境下、中国の半導体産業は一党体制で官民一体となって「やり続ける」ことが必至とみられている。
官民一体の半導体国産化を推進 |
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小池 政就(日中イノベーションセンター主席研究員)
工学博士、日中イノベーションセンター主席研究員。丸紅勤務、東大助教、日大准教授、衆議院議員を経て北京へ。
専門は国際関係、エネルギー、科学技術と幅広く、米国、英国でも留学および勤務歴あり。 現在はブロックチェーン企業の顧問も務める。 |
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