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「敗者の弁」に見る人生のともしび ボクサーたちの試合後会見

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大坂選手騒動 単線的な「選手を守ろう論」には違和

公開日: 2021/06/08 (IT/メディア, スポーツ/芸術)

米国歴史博物館のモハメド・アリのグローブ=ccbyMark Pellegrini 米国歴史博物館のモハメド・アリのグローブ=ccbyMark Pellegrini

河原 仁志 (ジャーナリスト)

 女子プロテニスの大坂なおみ選手が全仏オープン選手権を棄権した一件は、大坂選手固有の問題なのか、試合後の記者会見に問題があるのか議論が分かれている。

 記者会見がプレーヤーの精神を損なうほどのことであれば、その在り方は当然検討されてしかるべきだろう。ただ、これが「プレーに差し支える可能性が少しでもあるなら選手を守ろう」という単線的な方向で処理されることには異を唱えたい。

 プロスポーツはメディアやファンあってのもの、という興行的な視点で言うのではない。いや、もっとずっと身勝手な理由。私のように「敗者の弁」に支えられ、人生のともしびにする人たちが案外少なくないと思うからだ。

 私は根っからのボクシング狂である。大場政夫、鈴木石松(ガッツ石松の前のリングネーム)のころから三度の飯より好きだ。日本時間の昼過ぎにある海外の大きな試合があると、中学・高校を自主休校して生中継に備えたものだ。

 長いテレビ観戦の歴史を通じて、いつも不思議に思ったことがあった。それは、日本の試合では負けた選手への試合直後のインタビューはご法度なのに、米国ではリング上で敗者にも容赦なくマイクが向けられることだった。

 たいていの場合、敗者は傷だらけの顔でそれ応じ、彼らの語る言葉は勝者よりもはるかに奥深く、記憶に残った。

デオンテー・ワイルダー=㏄

 昨年2月の世界ヘビー級選手権もそうだった。王者デオンテー・ワイルダー(米国)は、予想不利とされた挑戦者タイソン・フューリー(英国)に2度のダウンを奪われた末、7回TKOで敗れた。生涯初の敗北。最後はふらふらになってセコンドがタオル投入という惨敗だった。

 だが、その数分後、顔面を腫らしたワイルダーはリング上で差し出されたマイクにこう答えている。「いいパンチを食った。言い訳はしない。鍛えなおして必ず戻ってくる」。

 ふだんのワイルダーは相手を挑発する傍若無人のヒール役。それが別人のように真正面から現実を受け止め、痛恨の敗北に向き合っている。私は、彼が天分だけでここまで来たわけではないことを知った。

マニー・パッキャオ=PD

 ボクシング史上空前の6階級制覇を果たしたマニー・パッキャオ(比国)は2012年12月、ファン・マニュエル・マルケス(メキシコ)に右カウンター一発で6回KO負けを喫した。顔面からキャンバスに落ち、そのまましばらく失神状態だったパッキャオは約10分後にリング上でテレビのインタビューに応じている。「これがボクシングだ。ボクシングだからこういうこともある」。

 フィリピンの英雄は、必死に自身を納得させようとしていた。それは十分な名声を築き上げた男でさえ、心の支えを探して戸惑う人間に変わりはないことを教えてくれた。

 もう一つ。私がもっとも印象深い敗者の弁は、キャリア最晩年の1980年10月、4度目の王座返り咲きを目指してラリー・ホームズ(米国)に挑み、初のTKO負けを喫したモハメド・アリ(米国)の言葉だ。試合は凄惨なものだった。

 アリは10回までホームズに滅多打ちされ、この回終了後にセコンドが棄権を申し出た。次の回に進んでいたら間違いなくキャンバスに大の字になっていただろう。栄光のボクシング人生を歩んできたアリにとっても、私のような一ファンにとってもショッキングな敗北だった。

ローマ五輪のアリ(右から2人目)=PD

 しかし、試合後の共同記者会見にアリは姿を現した。そして「いまでもアリは私のアイドルだ」と気遣うホームズに対し、やにわにマイクを持って雄々しくこう語った。「だったら、なぜあんなに俺を殴ったんだ」。

 それまでお通夜のようだった会見場は、その一言で爆笑につつまれた。これを見ていた視聴者は、あれほどの惨敗を喫しても、なお諧謔精神を失わず生きていける人間がいることを知ったはずだ。

 ボクシングは、一度の敗北がその選手の商品価値を大きく下げてしまう過酷なスポーツである。だからこそ敗者の言葉には勝者のそれにない質量が宿る。人々が人生で味わう葛藤と諦念が凝縮されている。それが聞く側の心に響くのは、私たちの人生が、勝つことより負けることの方がはるかに多いからではないか。

 勝者がもたらす「感動」や「勇気」ばかりがもてはやされる昨今だが、どうか敗者への問い掛けをなくさないでほしい。彼らの言葉は、私のような凡人にとって生きるすべを授けてくれるかけがえのない道しるべなのだから。
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河原 仁志(ジャーナリスト)
1982年に共同通信入社。福島、さいたま支局、ニューヨーク支局、経済部長、編集局長などを経て2019年退社。「沖縄50年の憂鬱」(光文社新書)を4月に出版。ほかに「沖縄をめぐる言葉たち」(毎日新聞出版)、「『西武王国』崩壊」(東洋経済新報社:共著)などがある。
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