シリアに取材に入っているフリーライターの安田純平氏に関して、国境なき記者団が22日、「生存しており、身代金を要求されているとの情報がある。日本政府は救出に尽力すべきだ」と発表した。安田氏と戦時下のイラクを取材した経験もある元戦場ジャーナリストの加藤健二郎氏に、ジャーナリストが拘束された場合の「覚悟」を聞いた。(聞き手はニュースソクラ編集長、土屋直也)
――元戦場ジャーナリストとして、国境なき記者団の今回の発表をどう受け止めましたか。
「私の周囲の戦場での取材経験のある人からは『なぜ、このタイミングに発表を?』という疑問が出ている。事件の進展や真相がなにか新たにわかったというわけではないからだ」
「過去にも、2~3か月おきくらいのペースで、信頼度の低い情報が官庁内を含む関係者たちの間で流れては消えていた。信頼度の低い情報がある程度以上の広さで拡散されると、その情報発信者の意図に関して疑惑をもたれるのは当然だろう」
「今回は、11月末に、安田氏死亡説が流され、その直後に、死亡を否定する生存説が広まったところから始まっている。過去からの情報や噂を含め、全ての情報で共通しているのは、安田氏を拘束しているのはシリア反政府勢力のひとつのヌスラ戦線だということ。IS(イスラム国)でなくて、ヌスラだから処刑はしないであろうという楽観説もあるが、安田氏の生存確認資料(=動画など)も確認されてはいない」
――日本政府はどう動くべきですか。
「このような邦人安否危機事件が発生した場合、当然、日本外務省はある程度の動きはするわけだが、外務省にその動きを依頼できる立場の人は、当事者の家族のみということになっている。そのため今回、国境なき記者団が冒頭の声明を出した点に、違和感を覚えた戦場取材経験者は多い」
「安田氏の家族がどのように、外務省に依頼しているかはわからない。もし、私が安田氏のような状況になったら、自分の家族は、ほとんど動かないだろう。自分の勝手なロマン(=人生観)で戦場との往来を続けている人間を持つ家族の立場の1例として、我が家でのやり取りを紹介しよう」
「わが親は、『お前が勝手に戦争国へ行って逮捕されたり人質になったりしても、日本政府にはいかなる救出も依頼しない。何億円ものお金がかかり、場合によっては、救出に携わった人の身が危険にさらされる。自分の息子1人のために、そういうことを他人(日本政府)には依頼できない。お前以外にも、うちには家族がいる。あの人たち、何億円もかけて救出してもらったヤツの家族だよ、と後ろ指さされて生きる人生を他の家族や親戚には負わせたくないから』と、自力で帰って来い、誰も助けになんか向かわせないと、よく言っていた」
――国境なき記者団をどう思いますか。
「もし、私が安田氏のような状況に置かれていたら、今回のよう発表に対して、我が親は『国境なき記者団とかっていう団体、よけいなパフォーマンスしやがって・・』と感じることだろう」
「今回の声明によって、国境なき記者団に対する悪いイメージを強めた。もし、 日本政府の交渉によって安田氏が解放されれば『国境なき記者団が日本政府に進 言したから』と手柄を吹聴できる。もし、解放されなくても『我々が忠告したのに日本政府は努力をしてない』と責めることができる。国境なき医師団は実際に医師や設備を現地に派遣して、人命救助をしている実行部隊である。名前は似ているが、国境なき記者団は、どうも、口先だけの団体に思えてならない」
――戦場ジャーナリストは自国政府の援助を期待してはならないのか。
「ジャーナリストが、真実を知るためなら危険な戦場へ行くことは誉められることなのか、批判されることなのか。2004年イラク人質事件のときは、NGOは強く批判されて、ジャーナリストの場合はそれほどでもなかった」
「『ジャーナリストが現地報告をしてくれなければ、現地の情報は平和な日本に伝わらないだろ』とテレビで話している人がいた。しかし、戦士や兵士が自分たちで映像を撮ってユーチューブに上げている。昨今、シリアに取材に入っている日本人ジャーナリストはほぼゼロだが、シリアについて、専門家やメ ディア関係者があれこれ議論するくらいの情報はある」
「激しい戦闘シーンを撮影した固定カメラのユーチューブ映像では伝えられないが、日本人が現地入りすれば、伝えられるもの、というのはあるのだろうか。私が、戦場往来をしていた時代(1980~90年代)には、『平和ボケした日本人に近い感覚の同じ日本人が戦争の現実を伝えてくれるその写真や文、映像には意味がある』と言われていた。しかし最近は『日本人の感覚で見て感じた戦争解説』など求められていない」
「1998年ころから、日本人感覚などというものが求められていないことを感 じるようになった。そんな中で私が『大事なものは、これかも?』と感じたのは、『恐怖感』を平和な日本へ伝えることだった。戦闘の中での恐怖感ではなく、戦争国の人が日常で味わっている恐怖感が特に大事かもしれない、と」
「検問で逮捕されて銃を突きつけられる恐怖感を味わうには、報道許可ツアーで 特権階級的な移動をして検問をフリーパスで通関していてはダメだ。現地人の日 常と同じ路線バスを使い検問で尋問を受けて荷物検査をされて嫌な思いをしなけ ればダメだ」
「だが、イラク日本人質事件以降、外国人ジャーナリストが、バックパック旅行 者のごとく自由に街中を歩き回って路線バスで移動するというやり方は危険行為 なのでやめましょう、という時代になった。高額でガイドを雇い、チャーター車で 目的地へ直行するようになった。これでは、やはり、映像画像と音声を撮りに行っているだけ。日本人が行く必要はないのかもしれない」
――イラクでは安田さんと行動を共にした時期もあった。
「2002年秋、都内の大塚のモスクで、サダム・フセイン政権下のイラクへ行く視察団をジャミーラ高橋千代さんというムスリム女性が組織していた。ジャミーラさんは、米軍による攻撃反対の意図を示す政治目的をもったツアーを主眼に掲げていたが、イラクの現実を見て報道してもらうことも目的の1つとしていた」
「メディアの参加も受け入れていた。日本テレビや毎日新聞、東京新聞は、仕事として社員を送り込んでいた。当時、信濃毎日新聞社員だった安田純平氏は、休暇を取って参加していた。12月中~下旬の約2週間のツアーだった。これに私も参加している」
「帰国後2003年1月、休暇中に取材したことをメディアに掲載することを信濃毎日新聞から禁止されたため、安田氏はフリーランスになる決意し,2月に退職。(週刊金を曜日には掲載してしまった)3月からは、人間の盾として、イラクへ再び行く。この人間の盾も、ジャミーラさんが企画したツアーである。私は、テレビ朝日の北イラクでの仕事を終えたあと、イラク・バグダッド入りし、人間の盾が拠点とするところの1つ、ドーラ浄水場へ合流し安田氏とは再会した。ここで、安田氏と約2週間、ともに生活した」
「その後、安田氏は、数回にわたり、イラクへ渡航し、翌年2004年4月に、現地武装勢力に人質として拘束された。このときは、NGO(非政府団体)活動を中心とする3人が数日前に人質となっていて、その状況を肉薄取材しようとファルージャへ向かった安田氏および渡辺修孝氏の2人も人質になってしまった」
「このときは、日本政府がかなり積極的に動いて、政治家も動いたが、安田さんたちを解放したのは、日本政府の努力の成果ではなく、武装勢力が自主的に解放してくれた、といわれている。ただし、日本とイラクの間に立ったイラク人宗教者の存在もあり、真相はわかっていない」
「その後、安田氏は、人質体験談の講演会で日本全国をまわり、そこで知り合った女性歌手と結婚した。私は、この女性歌手とバグパイプ演奏の音楽企画でかかわっていたため、安田氏の奥さんとは共演者としてのつきあいもあった。しかし、今回のシリアでの行方不明事件では、奥さんからの連絡コンタクトは一度もない。『あまり、大騒ぎしてほしくない』という意識を感じ、こちらからも、連絡は取っていない」
• 加藤健二郎氏 1961年生、早大理工卒。建設土木会社を経て、フリーの戦場ジャーナリストに。1998年から2003年にかけ、世界各地の戦場に入り取材を行う。この間、数度にわたる拘束と国外退去処分、負傷を経験する。2004年から日本初のプロ・バグパイプ奏者として音楽活動。主な著書に「女性兵士」(講談社文庫、2010年)、「戦場のハローワーク」(講談社文庫2009年)、「意外と強いぞ自衛隊!- 解き明かされた55の真実」(徳間書店 2009年)
• (注)イラク日本人人質事件 2004年4月、イラクで日本人3名(ボランティア、フリーカメラマンの男性、ジャーナリスト志望の未成年の少年)が誘拐され、犯行グループは自衛隊のイラクからの撤退を要求。3人の行方を取材しようとした安田純平氏ともう一人の日本人も拘束された。日本政府は自衛隊を撤退させる考えのないことを表明したが、5人は解放された。
「私が安田氏のように人質にされても、家族は救出を頼まないだろう」 |
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元戦場ジャーナリストの加藤健二郎氏に聞く
安田氏=共同通信社
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土屋 直也:ネットメディアの視点(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設
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