悪質な訪問販売業者による消費者被害を防ごうと、内閣府消費者委員会と消費者庁は特定商取引法を改正し、「迷惑勧誘お断り」のステッカーを貼った人の自宅には訪問販売をしないよう規制する新ルールの導入に向けて動き出した。それに対して「絶対反対」を掲げて立ちふさがったのは、新聞界。とりわけ反対の急先鋒に立っているように見えるのが、業界の盟主、読売新聞社だ。
6月10日午後3時、消費者委員会と消費者庁の入居する山王パークタワーの大会議室は、ぎゅうぎゅうのすし詰めで、立ち見も出るほどだった。この日開かれた消費者委員会の第6回特定商取引法専門調査会には、法改正によって営業に支障をきたしそうな業界代表者たちが「参考人」として出席した。太陽光発電協会、ダスキン、高島屋、日本自動車販売協会連合会……。そこに多人数の従者や同業者を引き連れて現れたのが、日本新聞協会の理事を務める山口寿一氏(58)だった。
山口氏はその前日の9日の株主総会後の取締役会で、晴れて読売新聞グループ本社代表取締役経営主幹・東京担当に就いたばかり。併せて読売新聞東京本社の社長にも就任している。「ナベツネ」こと渡辺恒雄主筆、グループ本社社長で東京本社会長の白石興二郎(日本新聞協会会長)氏に次ぐ読売の「第3の男」だが、齢89歳の渡辺氏が世代交代期を迎えつつあり、やがては読売グループを統率するトップの座に就くと噂される大物だ。
口火を切ったのは、専門調査会委員の河野康子全国消費者団体連絡会事務局長だった。「立場を変えると景色がまったく違って見えます。私たちのアンケートでは、自分から要請したわけではないのに訪問勧誘を受ける人の96%が迷惑と感じています。この数字をどう思いますか」――。頼んでもいないのに勝手に勧誘する行為を、わかりにくい言葉だが、「不招請勧誘」という。河野氏ら消費者団体の代表や日本弁護士連合会はこの「不招請勧誘」の禁止を求めている。
すると読売の山口社長は「先ほどの数字は私どもの実感とは相当違います。苦情に対して新聞界は相当きちんと取り組んでいます」と反論した。次第に議論は盛り上がり、訪問販売お断わりのステッカー制度の導入の是非が焦点になっていった。山口社長が「飛び込みセールスは必要です。新聞は訪問販売が軸」といえば、委員たちは口々に「不意打ち的な勧誘で対面を強制するのはどうかと思う」「お断わりステッカーが貼ってあっても、行くのですか?」と疑問を呈した。
〝事件〟はその後起きた。山口社長が「新聞の勧誘の現場では、さまざまな接触のやり方があって、断られても、やはり、取っていただくということも現実にはあるんですね」「いったん断わられても、取っていただくというところまでこぎつけるというのが新聞という商品の現実」と言うと、委員たちに笑いが広がった。
現行の特定商取引法はその3条の2第2項で「契約締結をしないという意思表示したものには勧誘してはならない」(再勧誘禁止規定)と定めており、消費者庁の運用指針にも「勧誘を拒絶することが困難なものについては、いったん事業者の加入が始まってしまうと明確に断ることが困難で(中略)数時間にわたって粘られた結果、最終的な契約にこぎつけられてしまうケースが多発している」とある。
委員たちが失笑したのは、おそらく現行法の再勧誘禁止規定が念頭にあったのだろう。法律に抵触しかねない行為をしていることを、当の新聞界の代表が認めたことになるのだから。
消費者委員会委員長代理の石戸谷豊弁護士が「今の話は、断ってもその意思を尊重していただけないわけですか?」と苦笑しながら問いただした。あわてて山口社長が「断られ方も様々ある」と言いかけると、委員たちは爆笑した。(消費者庁の調査会動画 調査会開始から2時間43分ごろ)
山口社長は、「笑わないでください」「ぜひ笑わないで聞いていただきたい」と繰り返した。山口社長は読売社会部で主に司法クラブなど事件畑を歩み、幹部に登用されてからは法務室長などを歴任。コワモテの山口社長の一喝以降、大会議室は静寂の嵐に包み込まれた。
延々と4時間に及んだ委員会が終了後、山口社長が憮然とした表情でエレベーターホールに向かう姿が目撃されている。「キツイ人だなぁ、なんかやらかすぞ」。傍聴に来ていたベテラン記者はこのとき、そんな感想を漏らしている。
そんな予感があたった。
読売新聞グループ本社はその5日後の15日、永原伸社長室長名で山口俊一消費者庁担当相、河上正二消費者委員会委員長、板東久美子消費者庁長官に「抗議書」を送りつけ、謝罪を要求した。加えて、菅義偉官房長官にも経緯を示す文書を届けている。ニュースソクラは抗議書と菅長官への通知書を入手しており、記事の終わりと、文中にリンクを張った。
官房長官向け文書は「専門調査会の複数の委員たちが声を上げて笑う場面が続き、議事運営にあたる座長が制止しないばかりか、それに同調するかのような対応をするという不当な議事運営が行われました」としたうえで、 こうしめくくっている。
「貴職(菅長官のこと)におかれましては、内閣府消費者委員会、ひいては消費者行政の公正性に今後、疑義がもたれることのないよう適切な対応をお願いします」
抗議の真意を問い合わせたニュースソクラに対し、読売新聞グループ本社広報部は回答書で「当社はわたしたち新聞業界の真摯な取り組みに対する侮辱と受け止め、抗議書を送付した」と答えた。笑いの原因が違法行為を自ら示唆したことにあったとは、気付いていないか、気付かぬふりを続けているようにみえる。それが、委員会関係者から、さらなる失笑を買ってしまうことに気付いていたら、こんな抗議書はでてこなかっただろう。
山口社長ほどの大物が、こんなことに気付かないとは思えない。「侮辱」への怒りの強さを感じ取った周囲のおもんぱかりが抗議書になったのだろう。だが、新社長就任の翌日と言うデビュー戦に、とんだケチがついたことだけは間違いがない。