トヨタ自動車は昨年12月、世界初の市販の燃料電池車(FCV)、「MIRAI」(ミライ)を発売したが、これに続き、同社は今年1月初め、「燃料電池車の関連特許約5680件を無償で公開する」と発表した。
燃料電池車については、ホンダも今年度中に発売を検討、さらに日産、独ダイムラー、米フォードの3社も17年の発売を目指し共同開発を進めている。米GMもホンダと組んで20年の発売を計画中だ。
燃料電池車はエンジンとガソリンタンクの代わりにモーター、燃料電池スタック(発電装置)、水素貯蔵タンクを搭載する。外部から取り込む酸素とタンク内の水素を触媒や電極などを重ねた「セル」(スタックの中心部分)に送り込み、化学反応を起こして電気をつくる。生成された電気がモーターとバッテリーに伝えられ車を動かす。排出されるのは無害の水(H2O)だけだ。
歴史を振り返ると、20世紀は炭素(C)エネルギーの時代だった。石炭や石油に代表される炭素は、安価で大量に存在し使い勝手もよかったため、発電やボイラー、自動車の燃料として大量に使われ、経済発展に貢献した。
だが、その一方、炭素エネルギーは、燃焼時に大量のCO2を発生させ、地球温暖化を促進させてしまう。そこで炭素から水素(H)エネルギーへの転換が求められている。
トヨタが虎の子の燃料電池車特許の全公開に踏み切った最大の理由は、潜在需要の大きいFCV市場を拡大・発展させるためには、1社で特許を独占するよりも多くのライバルメーカーにも積極的に参加してもらい、短期間に市場を拡大し、普及に必要な水素ステーションなどのインフラ整備を整えたいとする戦略がある。
同社がこのような戦略を打ち出した背景には、同じエコカー、ハイブリッド(HV)車「プリウス」の販売戦略に対する反省がある。HVの場合はコア技術を特許で守り、他社を寄せ付けない強さを維持してきた。
それが裏目に出て、HVは日本以外ではほとんど普及しなかった。昨年の世界の自動車生産は約8700万台だが、HV比率は2%に止まっている。技術を抱え込んでしまったため、せっかくの名車の普及が制限されてしまったわけだ。
FCVの普及は政府や関連業界の支援が欠かせない。たとえば、水素ステーションの建設コストはガソリンスタンド(約1億円)の4、5倍かかるとされている。政府もFCVの将来に大きな期待を寄せており、今年度中に水素ステーションを100カ所設置する目標を掲げているが、「トヨタのため」では具合が悪い。多くのメーカーの参入が望ましい。
水素を取り出す究極の方法は水の電気分解だが、量産化には技術的な問題がある。現実的な対応としては、天然ガスや石炭から取り出す方法が採用されている。たとえば、プラント大手の千代田加工は中東などで安い天然ガスから水素を取り出す技術を開発、川崎重工は「褐炭」と呼ぶ低品位のオーストラリア産の石炭をガス化して水素を取り出すプラントの開発をJパワーと共同で取り組んでいる。
このほか、東京都では20年の五輪に向けて、「水素都市・東京」を世界の人々にアピールするため、選手の送迎用などを含めFCV6千台、水素ステーション35カ所の設置を計画している。 水素社会の足音は、ここに来て急速に大きくなってきた。