九州電力の川内原子力発電所1号機(鹿児島県)が8月14日、発電、送電を開始した。約2年間におよんだ「原発ゼロ」の時代は終わり、今後原子力規制委員会の新規制を満たす原発の再稼働への道が開けたことになる。
原発再稼働については多くの国民が疑問を抱いており、原発回帰を日本のエネルギー政策として推進していくだけのコンセンサスはまだ成立していない。それを無視して原発回帰を既定路線と位置づける自民党政府のエネルギー政策は、長期的に見て、子、孫、ひ孫など次世代に大きな犠牲と負担を強いることになりかねない懸念がある。
エネルギー政策のように、国家の独立、安全、安心に関わるような重要な政策は、本来、政党間の論争の具にすべきではない。国家、国民の共通目標、国家百年の計として位置づけ、その実現に向けてオール日本、政府、国民、産業界が一体となって取り組むべき性格のものだ。政権交代によって右に左に大きく触れるようなエネルギー政策は国の将来を損ねかねない。
国家百年の計としてのエネルギー政策は、民主主義の精神、ルールに基づき、すべての情報を国民に公開し、様々なエネルギー源のメリット、デメリットを吟味し、さらに日本のエネルギー事情などを踏まえ、国民のコンセンサスとして練り上げ,創り上げることが望ましい。当然政策形成のプロセスでは十分な時間が必要になるが、拙速を避け、議論を尽くし、納得のいくエネルギー政策をつくりあげなくてはならない。
戦後日本のエネルギー政策は、政府の強力なリーダーシップの下で、一部の専門家集団によって密室の中で決められてきた。原発のように高度な専門知識を要するエネルギー問題は専門家に任せ、国民はその判断、決定に従えばよい、というのが政府の一貫した姿勢だった。戦後長期にわたって政権を担当してきた自民党政府によって推進されてきたエネルギー政策は火力発電と原発を2本柱として育てることだった。このうち、火力発電は石油などの燃料のほとんどを海外に依存しており、エネルギーの安全保障上大きなリスクを抱えている。その点、原発は自前のエネルギーである。このため、政府は原発の推進に特に力を入れてきた。このエネルギー政策は日本の高度成長を支え、日本の発展に大きく貢献し、成功したかに思われた。
ところが90年代入る前後から、日本のエネルギー政策は大きな壁に突き当たってしまった。第一は地球温暖化との関係で石油などの化石燃料の消費抑制が急務になってきたこと、第二は東日本大震災の影響で深刻な原発事故が発生し、原発の「安全神話」が崩れさってしまったことだ。
求められるバックキャスティン手法
火力発電もダメ、原発もダメということになると、これからの日本のエネルギー政策はどのような方向を目指すべきだろうか。
将来のエネルギー政策を考える場合、二つのアプローチがある。一つは過去のトレンドを将来に引き伸ばす方法で、フォアキャスティング手法である。この場合は現状のエネルギー構成比などが将来もあまり変わらないことを前提にしている。政府が6月に発表した2030年の電源構成(ベストミックス)によると、原発比率は20〜22%で、事故前の10年の構成比29%とあまり変わっていない。これは典型的なフォアキャスティング手法を前提にしたものだ。この手法に依存する限り、政府の最終目標は原発事故前に原発比率を回帰させ、将来のエネルギー政策の中核に引き続き原発を位置づけるという従来型のエネルギー政策に戻ることになる。
もう一つの手法は、将来の望ましい姿を想定し、そこから現状を振り返り、望ましい姿に近づけるための政策を積極的に推進する方法だ。これがバックキャスティン手法である。
火力発電もダメ、原発もダメということになれば、戦後のエネルギー政策がその役割を終えたことを意味する。そのことを受け入れ、バックキャスティンの視点に立ってこれからの望ましいエネルギー政策を考えれば、その方向はかなりはっきり見えてくる。化石燃料、原子力を段階的に縮小し、太陽光、風力、バイオマス、水力、地熱などの自然エネルギーをこれからのエネルギーの中核に位置づける方向である。
自然エネルギーを中核エネルギーに育て、利活用していくためには、ブレークスルー(現状打破)を伴う様々な技術革新が求められることは言うまでもない。それだけではない。省エネ型のライフスタイルへの移行、スマートグリッドを活用した様々なタイプのエコ住宅建設、省エネ、自然エネルギーをフルに活用した工場、物流、流通の構築など企業行動の転換、水素エネルギーを活用した地産地消型の分散型エネルギー・システムの構築など既存社会の様々な変革が求められる。百年、2百年後の次世代に安全、安心なエネルギーを供給し、利活用していくための体制を整えることが急務である。そのためには国民のオール参加によるバックキャスティン手法による新エネルギー政策の作成を急がなければならない
党派を超えたコンセンサスを。国家百年の計に耐えうるエネルギー政策が不在 |
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【緑の最前線⑨】日本のエネルギー政策を考える(2)
公開日:
(気象/科学)
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三橋 規宏:緑の最前線(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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