「気候変動に影響で欧州で豪雨災害が発生する確率が最大で9倍に上昇した」
気候変動の影響を分析する国際プロジェクト「世界気象アトリビューション(WWA)」は8月24日、7月中旬に発生した欧州中部の豪雨災害に関する調査結果を公表した。
7月12日から15日にかけて、ドイツやベルギーなどの地域で発生した洪水により複数の町や村が水没し、少なくとも220人が死亡したが、WWAによれば、①今回の集中豪雨は400年に1度の現象だったこと、②1日の雨量は気候変動の影響で最大19パーセント増加していたことが明らかになったという。
400年に1度という頻度は、「今後400年は同じようなことが起きない」ということを意味するものではない。気候変動は年々深刻化しているため、異常気象のリスクは年を追う毎に増大することが懸念されている。
国連によれば、昨年の暴風雨による被害額は920億ドルとなり、2000年から2019年にかけての平均を3割上回った。洪水による被害額はで510億ドルとなり、平均の5割増になったという。
これまでは縁遠いとされてきた欧州でも深刻な洪水被害が発生したことから、「地球上に安全な場所はなくなった」との声が聞こえてくる。
米気象学会は25日「昨年の欧州の気温が観測史上最高を記録した」と発表した。
地球温暖化問題を主導してきた欧州では「防止のための取り組みは待ったなし」との論調が高まるばかりだが、意外な予測にも注目が集まりつつある。
その予測とは「地球温暖化により欧州地域は逆に寒冷化する」というものである。
冗談のような話だが、しっかりとした科学的根拠がある。
欧州地域が比較的高緯度に位置しながら温暖な気候に恵まれているのは大西洋の海流のおかげだが、海流が弱まっており、このままの状態が続けば欧州は寒冷化する可能性があるというのである。
大西洋の海流とは「大西洋南北熱塩循環(熱塩循環)」のことである。科学者はこの循環をコンベアベルトにたとえている。熱帯で発生した温かい海水が英国周辺の海域に到達すると冷やされて、ラブラドル海やノルデック海(グリーンランド海、アイスランド海、ノルウエー海の総称)の底に沈み込む。この冷えた海水はUターンを始め、海底を蛇行して南下して赤道に至る。循環のサイクルは約1000年、熱塩循環が運ぶ流量はアマゾン川100本分に匹敵すると言われている。
しかしこの熱塩循環が弱まると、熱帯の温かい海水が北上できなくなることから、北大西洋の海水は冷たいままになってしまう。
欧州の快適な気候に不可欠な熱塩循環が気候変動のせいで停滞し始めていることが各種の研究によって明らかになりつつある。
ドイツのポツダム気候影響研究所(ポツダム研究所)は今年2月下旬「熱塩循環がここ数十年で最も弱い状態になっている」とする内容の論文を公表した。
熱塩循環は小氷期が終わった1850年以降、150年間にわたり徐々に弱まっており、近年そのスピードが増しているという。なぜだろうか。
デンマーク・コペンハーゲン大学の研究チームは3月上旬「熱塩循環は近年加速している融氷現象のせいで停滞または停止する恐れがある」と警告を発した。
熱塩循環の勢いは海水の塩分濃度の影響を受ける。塩分濃度が高いと海水は容易に沈み込むが、塩分濃度が低下すると沈み込みの力が弱くなる。現在、グリーンランドの氷河などが継続的に融解していることから、表層の海水に流入する真水の量が増加し続けている。これによりこの海域の海水の塩分濃度が下がり、沈み込みの力が弱まっている。熱塩循環全体に悪影響を及ぼしかねない状況となっている。
以上が「地球温暖化により欧州地域は逆に寒冷化する」理由である。
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」も熱塩循環が今世紀末までに停滞する可能性があることは認めているが、「その停止はあり得ない」としている。
前述のポツダム研究所は8月5日にも「熱塩循環が重大な転換点にさしかかっている」とする内容の論文を出した。「北極周辺で融解した氷(真水)が限界を超える量で大西洋に流れ込んでおり、このままでは熱塩循環は不安定化する可能性がある」とした上で「熱演循環が停滞すれば、欧州では北に行くほど気温低下が激しくなる」とIPCCに比べてはるかに悲観的である。
2005年に「数十年後に欧州地域の平均気温が4度低下する恐れがある」とする予測が出ているが、熱塩循環の停滞をビジュアル化したのは2004年に公開された映画「デイ・アフター・トウモロー」である。映画では熱塩循環が完全に停止したことでほぼ一夜にして氷河期が始まる。寒冷化の速度や気温低下の激しさはかなり誇張されているが、熱塩循環のメカニズム自体は科学的に証明されているものである。
2000年から2019年にかけての地球の平均気温と超過死亡の関係を調査した結果によれば、全世界で毎年508万人の超過死亡者が出ているが、このうち寒さによる死者数は459万人と全体の9割以上を占めている(8月20日付JBPRESS)。
温暖化以上に寒冷化の方が私たちに深刻な被害をもたらすのである。
いずれにせよ、日本を始め世界各国は温室効果ガスの排出量削減だけでは食い止められない気候変動に備えて、抜本的な対策を講じる必要があるのではないだろうか。
温暖化が欧州の寒冷化をもたらす |
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【藤和彦の目】映画「デイ・アフター・トウモロー」の世界が現実に
公開日:
(気象/科学)
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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