2016年は波乱の幕開けとなった。欧州で、中東で、東アジアで、地政学的リスクが同時多発的に噴き出し、世界の市場を翻弄(ほんろう)している。
米国の政治学者フランシス・フクヤマが、「歴史の終わり?」を著したのは1989年、ベルリンの壁が崩れた年だった。民主主義と市場経済が最終的な勝利をおさめ、この先の「歴史」は退屈になる、と予想した。どっこい、歴史が大暴れしている。
市場の混乱の起点となった中国は、「社会主義市場経済」という木に竹を接いだような体制が、抜き差しならなくなった。中国の社会主義は、共産党一党独裁と同義だが、市場を相手に苦闘している。株式市場に「サーキットブレイカー」を、入れたと思えばすぐ外し、人民元相場を上げたり下げたり。
中国経済の課題は「市場化の徹底」と専門家は口をそろえるが、カギを握る国有企業の改革は進まない。体制を突き崩す不安を、ぬぐえないのだろう。政権による言論の監視や取り締まりは、むしろ強まった。改めて、中国に民主主義の経験はなく、専制王朝の交替の歴史だったと想起せざるを得ない。
北朝鮮の“水爆”実験は焦りの表れだろう。朝鮮半島の分断は、第2次大戦の戦後処理の傷跡だ。ドイツは冷戦終結の機に再統合し、長く米州で孤立したキューバも米国と国交を回復した。北朝鮮は米国に相手にされず、同盟国の中国にも疎まれている。核実験は居場所を求める「歴史の孤児」の絶叫といえる。
「ユーロ危機」はGrexit(ギリシャのユーロ離脱)回避で何とかしのいだ欧州だが、大量の難民流入を機にEU(欧州連合)内部の亀裂が深まった。 欧州の統合は、域内ネーションステイツ(民族国家)の漸進的解体と裏表の関係だが、多くの国での右派政党の台頭は、民族国家への回帰欲求の現れだ。欧州統合の危機である。Brexit(英国のEU離脱)さえ、一定の現実性をもって語られ始めた。
中東・北アフリカでは、5年前は希望だった「アラブの春」が、悪夢に転じた。民主化したのはチュニジアだけ、シリア、リビア、イエメンなど“失敗国家”が続出し、IS(イスラム国)の台頭を助長した。
果ては、スンニ派の本山サウジアラビアと、シーア派の牙城イランの直接対決の機運も高まる。両宗派の対立は、ムハンマドの正統後継者を争った7世紀にまでさかのぼる。
今、世界で起きていることは「歴史の逆襲」と呼べそうだ。それが「民主主義・市場経済」化への一時的な反動なのか、混沌(カオス)への入り口なのか、まだ判然としない。2016年は岐路の年になりそうだ。
世界を揺さぶる「歴史の逆襲」 |
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【けいざい温故知新】安定への生みの苦しみかカオスへの入り口か
公開日:
(ワールド)
Reuters
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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