トランプ米大統領は、新型コロナの「襲撃」を「パールハーバー(真珠湾攻撃)よりひどい」と言った。
先月ベトナム戦争の戦死者数を超えた米国のコロナ死者数は、8月には14.7万人に達すると予測され、第一次世界大戦の米軍の戦死者(11.7万人)をも超える計算だ。世界の感染者は500万人に近づき「コロナ世界大戦」の様相を見せつつある。
20世紀の2度の世界大戦は、膨大な犠牲を出す一方で、参戦国を中心に不平等(格差)を劇的に引き下げる契機にもなった。
「大圧縮」(TheGreat Compression)と呼ばれたその効果は、戦後30年ほど持続し、その後一転して格差は再拡大してきた。
コロナ大戦は、本物の世界大戦のように、不平等を圧縮するきっかけになるかもしれない。
足下では、むしろコロナ禍が不平等を広げている。
米国でアフリカ系の死亡率が高いのは、肥満、糖尿病、高血圧など貧困に由来する基礎疾患を抱える人が多いからだ。在宅リモートワークが出来ず、職場で感染リスクにさらされやすいのは非熟練労働者たち。失業率は15%に迫るが、年収4万ドル以下の勤労者は、4割が失業したという。
富裕国の所得格差(不平等)の推移をたどると、20世紀初頭の大きな格差が、1914-1950年ごろにかけて急速に縮小した。
米国の経済学者のサイモン・クズネッツは50年代に「逆U字カーブ」論を唱え、工業化による経済発展は、最初は少数に恩恵を及ぼし格差を広げるが、やがて大多数が恩恵にあずかるようになり、格差は縮小すると説いた。
早とちりだった。70年代以降、先進国の格差は再び拡大し、米国では、ほぼ「大圧縮」以前の水準にもどった。
18世紀以降の富と所得のデータを解析したフランスの経済学者トマ・ピケティは、資本の収益率(r)が国民所得の成長率(g)を上回るr>ℊの不等式が成り立つ、つまり資本(富)の増加に稼ぎが追いつかず、富者がますます富む、不平等拡大のメカニズムが働くのが常とした。
ピケティによれば大圧縮は、もっぱら世界大戦による、資本の物理的破壊、株や不動産など資産価格の下落、海外資産の喪失、賃金、物価などの経済統制、戦費調達にともなう貯蓄減少や累進課税の強化、インフレなどが重なり、資本に依存する富裕層が大打撃を受けた一時的現象で、棄損された資本の再蓄積が進むと、再びr>gに戻ったとみる。
米国のリベラル派経済学者ポール・クルーグマンは「政治」を重視する。
大恐慌から第2次大戦にかけてのルーズベルト政権のニューディール政策ーー所得税の累進性強化、労働組合への支援、戦時の下に厚い賃金統制などが、戦後の米国の中産階層社会を「つくった」とする。
80年代以降顕著になった格差の再拡大は、技術進歩やグローバル化のせいではなく、「保守派ムーブメント」に乗っ取られた共和党の政権が、大減税や福祉の見直しなど富裕層を益する政策で、平等を促進してきた規制や制度を壊したからだ、と「つくられた格差」を指摘する。
「コロナ大戦」に戻れば、数百兆円規模の経済対策を繰り出す米国を筆頭に、日欧の主要国が、「大恐慌」以来の経済大失速を予期して、財政赤字を度外視した財政拡大に向け走り出した。中国、インドなど新興国も相応の経済対策を打つ構えで、世界規模の「ニューディール」政策が展開されようとしている。
大規模な財政出動が、だれのために為されるのか、最終的にだれが費用を負担するかによっては、格差を縮めもすれば広げもする。株や不動産などの資産価格の動向も影響する。世界大戦では、階層を超えた有事の国民の連帯感が、累進税強化などの負担増を受け入れやすくしたとされる。コロナ大戦でも、そんな心理が働くだろうか。
やはり注目すべきは、先進国で最も格差が大きい米国の行方だ。
トランプ政権が続く限りは、積極的な不平等の是正策は期待しにくい。だが、世論調査で、トランプ政権のコロナ対応への批判派が増えている。トランプ大統領より、国立アレルギー・感染症研究所長のファウチ医師の方が信頼できる、とする人が圧倒的に多い。
11月の大統領選で、トランプが再選されず、バイデン民主党政権となれば、中道とされるバイデン氏が、予備選で競った左派のサンダース、ウォーレン両候補が主張した国民皆保険や富裕層増税などの一部を取り入れる可能性もある。後世の歴史家は、コロナ禍が格差の歴史的転換点になったと書くかもしれない。
新型コロナの「戦後」、格差は圧縮? それとも拡大? |
あとで読む |
【けいざい温故知新】過去の世界大戦では、格差が劇的に引き下げられたが・・・
公開日:
(ワールド)
アトランタ国際空港で感染対策にマスクをする人々(2020年3月)=CC BY-SA / chaddavis.photography
![]() |
土谷 英夫:けいざい温故知新(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
![]() |
土谷 英夫:けいざい温故知新(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹) の 最新の記事(全て見る)
|