「パパから、『劇は終わると、みんなに伝えてくれ』って頼まれたの。もうみんな、吐き気がするの!」
ダニイル・ハルムズ(ソ連時代の詩人、1905~1942)が1934年に書いた短い劇「不首尾なスペクタクル」に登場する女の子が、このセリフを発する。
このセリフを理由に、ロシアのインターネット規制当局「ロスコムナゾル」(ロシア人は陰で「ロスコムポゾル(恥辱)」と呼んでいる)は、サンクトペテルブルグのインターネット新聞『ブマーガ(紙)』のサイトを閉鎖した(3月12日)。
このサイトはミラー(複製)サイトだが、他のミラー・サイトも次々とアクセスできなくなっており、今回が11番目の閉鎖である。ロシアのニュース・サイトZaks.ruが伝えた。
ロシア当局はたったこれだけの短いセリフのために、なぜサイトを閉鎖したのだろうか?
▼ロシア、ウクライナでの不条理劇
ロシアでもウクライナでも様々な不条理劇が繰り広げられている。
最近、ロシアのイワノボ(モスクワの北東300キロメートルに位置する地方)でも、ある不条理劇が繰り広げられた。
4月20日、Israelinfo(ロシア語ニュースサイト)の報道によると、警察が「ロシア軍の信用を失墜させた」としてイワノボの住民を拘束した。
その男は、8つの「*」印が「*** *****」と印刷された紙を手に、路上に立っていただけである。
警察の説明によると、この「*」印は、「ほとんどの市民にとって軍事的テーマを連想させる」そうだ。
確かに「☆」印は赤軍によって使用されていたが、「*」についてはあまり聞いたことがない。
更に警察は、「『*** *****』は、ロシア連邦外で行われる軍事作戦に否定的な態度を示す“НЕТ ВОЙНЕ”(ロシア語で“NO WAR”の意味)を想起させる。インターネット上で拡散されている」と説明したそうだ。
ロシアでは、戦争反対の意思を少しでも示そうとしたと疑われれば、このように拘束されてしまう。
今や「*」印を示すことすら許されない。
▼「パパ」、「吐き気がする」
クレムリンではプーチンのことを話すとき、声を低くして「パパ」と呼ぶらしい。
ハルムズの「吐き気がする」という演劇にヒントを得て、ドミトリー・ブィコフは、「ボートを揺らすな。うちのネズミが吐いている」と書いたプラカードをつくったのだろう(連載の2に書いた)。
もう何年も続いているプーチンの不条理劇に、皆が吐き気を催している。ロシアのウクライナ侵攻以降の不条理さは、桁外れのものになっている。
吐き気を催させるプーチンの不条理劇を終わりにしたいと皆が考えている。
冒頭で紹介した演劇「不首尾なスペクタクル」の一部を紹介しよう。
ペトラコフ・ゴルブノフが登場し、何か言おうとしたが、しゃっくりしてしまった。彼は嘔吐し始める。彼は去る。
プリティキンが登場する。
プリティキンのセリフ:「親愛なるペトラコフ・ゴルブノフが報告しなければならない・・・」
しかしプイティキンは嘔吐し、走って退場する。
マカロフ登場する。
マカロフのセリフ:「そうならないために・・・」
しかしマカロフは嘔吐し、走って退場する。
クロヴァが登場する。
クロヴァのセリフ:「私なら・・・」
しかしクロヴァは嘔吐し、走って退場する。
小さな女の子が登場する。
女の子のセリフ:「パパから、『劇は終わると、みんなに伝えてくれ』って頼まれたの。もうみんな、吐き気がするの!」
(幕)
この不条理劇では、誰一人セリフを最後まで言い切ることはできない。このような劇があること自体に、吐き気を催しているのだ。
88年前(当時はスターリン時代であった)にダニイル・ハルムズが私たちに告げたように、いずれ「劇は終わる」と信じたい。
プーチンは戦争に敗れ、それがプーチン政権の終焉となるはずだ。
それともロシアでは、スターリンが去り、プーチンが去っても、この「劇」は続いていくのだろうか・・・。