「ロシアは欧米から侮辱され、つまはじきにされている。」
このプーチン流の考えが、プロパガンダでロシア中に広められている。
ロシア人にこう信じさせる手法と言語も開発され、拡大した。
ジョージ・オーウェル(1903~1950)の小説『1984』(1949年発表)では、独裁政権が独特の表現である“ニュー・スピーク”(新しい言葉、表現)を使う。
今、ロシアでも“ニュー・スピーク”が拡大している。それは真実を説明するためではなく、歪曲した“事実”を構成するための言語だ。
そして戦争関連のみならず、一般生活でも、“ニュー・スピーク”の拡大が見られる。
▽ ロシア人の“耳に麺をぶらさげる”
ロシア語で、プロパガンダ漬けにすることを、“耳に緬をぶらさげる” (вешать лапшу на уши)と表現する。
今、ロシア人は、次のプロパガンダのメッセージを、常に“耳にぶらさげている”。
「ウクライナは8年間ドンバスを爆撃し、ロシア人の大量虐殺を行ってきた。ウクライナは、その報いを受けなければならない。」
「ウクライナにナチス政権が存在する。我々はナチスと戦っている。」
「我々は攻撃しているのではなく、自衛している。」
「我々は軍事目標に対してのみ、高精度の攻撃を行う。」
「我々に対する非難は、すべて虚偽と脚色である。」
「欧米は我々に経済戦争を宣戦した。」
「西側諸国はロシアをつまはじきし、追放しようとしている。」
「プーチンは8年間続いてきたこの戦争を終わらせようとしている。」(国防省コナシェンコフ報道官の発言)
「プーチンはNATOからロシアを守っている。」
「自軍の敗北を願うべきではない。」
▽対ウクライナ侵略で使われる“ニュー・スピーク”
ロシアはウクライナに戦争をしかけたのではなく、“特殊作戦”を行っていると説明する。
厳密な意味での“特殊作戦”は、民間人を苦しめないものであるべきであり、その点で戦争と異なるはずだった。
プーチンは、ウクライナ中部ポルタワ州クレメンチュクのショッピングセンターに対するロシアのミサイル攻撃(6月27日)を、“肯定的に”評価することができず、「ロシア軍は民間人を攻撃しない、その必要がない」と嘘を混ぜた説明をした。
ウクライナ軍による黒海のズミイヌイ島への攻撃の結果、ロシア軍は膨張式(インフレータブル)ボートで一夜にして島を脱出した(6月30日)。
ロシア国防省は、ロシア軍が黒海のズミイヌイ島から「善意のジェスチャーとして」自主的に退去したと発表した。
SNSでは、「ハイマース砲(米陸軍の自走多連装ロケット砲)がもっと増えれば、“善意”ももっと増える」、「プーチンが死ぬことで、“善意”のジェスチャーを示せる」といった反響があった。
実際のロシアでの報道から見つけてきた、対ウクライナ侵略で使われる“ニュー・スピーク”を紹介しよう。矢印の左が真実の内容、矢印の右がロシアのマスコミで使われる“ニュー・スピーク”である。
●「ロシア軍は町を占領する」(российская армия оккупирует город) → 「町をコントロールする」(берет город под контроль)
●「ロシア連邦は平和的都市を攻撃した」(РФ обстреляла мирный город)→「ロシア連邦は都市を封鎖した」(РФ блокировала город)
●「住宅地での戦闘」(бои в жилых районах) →「掃討」(зачистки)
●「都市のインフラを破壊し、人々を殺害し、大量虐殺を行う」(уничтожение гражданской инфраструктуры, убийства людей, геноцид) → 「ロシア語話者を守る」(защита русскоговорящих)
●「ロシア軍が撤退する」(российская армия отступает) → 「部隊の計画的再配置」(плановая перегруппировка войск)
●「ウクライナでの戦争に赴く」(поехать на войну в Украину) → 「軍事演習に赴く」(поехать на военные учения)
▽ プーチン下での一般生活での“ニュー・スピーク”
戦争関係のみならず、一般生活でも“ニュー・スピーク”が拡大している。
ロシアのメディアでは、例えば家庭用ガスが爆発して階段が丸ごと崩れ死者が出ても、「爆発(ブズリフ、взрыв)」という言葉を使わず、「打つ事/打つ音(フロポク、хлопок)」という奇妙な言葉に置き換える。
ロシア以外の場所での爆発は「爆発」と表現される。しかしロシアでは、「打つ事/打つ音」と表現されるのだ。
例えば、「モスクワの家でガスの“打つ事”が起きた」となる。(В жилом доме в Москве произошел хлопок газа.)このような表現は非常に多く見られる。
その他の一般生活での“ニュー・スピーク”を紹介しよう。矢印の左が本来の表現、矢印の右が“ニュー・スピーク”である。
●「洪水」(наводнение)→「浸水」(подтопление)、「川の水位が上がる」(повышение уровня воды в реке)»
●「飛行機の墜落」(крушение самолета)→「飛行機は硬着陸した」 (самолет совершил жесткую посадку)
●「賄賂」(Взятка) →「越権」(превышение полномочий)
●「購買力の低下」(снижение покупательной способности) →「否定的な成長」(отрицательный рост)
●「所得が減少する」(доходы населения падают) →「否定的な所得の伸びの傾向がある」 (наметился отрицательный рост доходов)
●「ロシアのオリガルヒ」(=プーチンの友人達)(российские олигархи) → 「ロシアの金融家と産業家」(российские финансисты и промышленники)
●「ルーブルの下落」(падение рубля) →「ルーブルの渦動性」(турбулентность рубля)
●「ルーブルの暴落」(обвал рубля) → 「ルーブルレートの補正」(коррекция курса рубля)
ルーブルのレートについて言えば、この2ヶ月間「ルーブルがドルやユーロに対して強まった」との報道がロシアで溢れ、ロシアのメディアはルーブルを「最高の通貨」とすら呼び始めた。
しかしこのレートが人為的なものであり、「強まり」の後には必ず「崩壊」が待っていることを説明するのを忘れている。
一般生活でも“ニュー・スピーク”が拡大しているのは非常に興味深い現象だ。
生活の隅々まで都合よく操作しようとするプーチン政権の本質が露骨に現われてきたということだろう。
▽ 市民の抗議を表現する“ニュー・スピーク”は?
政権を批判する市民は、孤立した闘いを強いられている。
“一人のデモ”(одиночный пикет)も、“ニュー・スピーク”では“騒動”(беспорядки)と表現される。
今日一人で行うデモすら不可能になる中、人々は別の方法で抗議をし、時にはかなりの独創性を発揮する。
エカテリンブルクでは、誰かが屋外のガス管にプーチンの写真を貼り付け、柵の格子越しに見えるので、あたかも獄中にいるかのようにした。
格子越しのプーチンの写真について報じるウクライナのテレビ放送番組:
このような独創的な行為をどう表現するかは、“ニュー・スピーク”の作者達の作業もまだ追いついていないようだ。