原油価格の下落、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大で引き続き石油需要が減退するとの見方が根強いなか、世界最大の原油生産国である米国では、2022年までに石油業界全体で100万人規模の雇用が失われるとの見方もあり、危機感が広がっている。
米国での原油需要の減退は数字からも明白だ。米エネルギー情報局(EIA)によると、主要生産州である米ノースダコタ州の原油生産量は2019年12月から20年5月にかけて150万bpd(1日あたりバレル)から61,5万bpd(41.6%)減少し、約90万bpdとなった。減産量は油井の新規掘削の停止による減少分を既存の油井分が上回っているという。
他方、EIAは7月27日、米国の石油生産会社40社の業績報告を公表した。それによると、2020年第1四半期の資産減損処理額が総額480億ドルに上った。EIAは四半期業績の減損規模が少なくとも2015年以降で最大であると付け加えた。同四半期は、国際指標の北海ブレント原油先物価格が年初の67ドル/バレルから4月1日には15ドル/バレル水準まで下落した。
8月末には、ノルウェーのエネルギー調査会社であるライスタッド・エナジーが、北米の石油上流事業会社の約150社が2022年までに民事再生法に相当する米国連邦破産法第11条(チャプター11)の申請をするとの予測を発表した。発表した時点で既に32社が申請し、その累積債務額は400億ドルに上ったという。
ニューヨーク先物市場のWTI原油価格が今後も1バレル40ドル前後で推移すれば、2020年中にさらに29社、2021年に68社、2022年には57社がチャプター11を申請する見込みとした。ライスタッドは7月14日、COVID-19感染拡大の影響で20年の石油・天然ガスの掘削井数が5万5,350にとどまるとの予測を発表済みだ。2019年の7万1,946井に比べると23%少ない。
石油業界に逆風が吹くなか、米エネルギー業界での雇用創出を支援する団体であるPetroleum Equipment & Services Association(PESA)は9月9日、COVID-19に起因する、米国での油田開発作業に従事する人たちの失業者数が8月時点で10万3,420人に上ることを明らかにした。
また、米石油協会(API)のマイク・ソマーズ会長は同日、石油や天然ガス開発を禁止することによって、2022年までに100万人規模の雇用が失われるとともに、米国は海外からのエネルギー輸入を余儀なくされるとの危機感を示した。
石油業界の団体として、APIはとりわけ、米大統領選挙で民主党のジョー・バイデン候補が勝利することに警戒しているとされる。バイデン氏が
7月14日、クリーンエネルギー投資計画を公表し、再生可能エネルギーの推進を打ち出したからだ。トランプ大統領が推進する化石燃料重視のエネルギー政策を真っ向から否定するものだ。
クリーンエネルギー投資計画は2兆ドル(約214兆円)の巨費を再エネやインフラ投資に向けるもので、バイデン氏は風力発電や電気自動車(EV)製造を増やし、雇用創出の促進につなげると強調した。また、2035年までにCO2を排出しない電力業界の実現を目指すため、原子力の利用を継続する一方、風力や太陽光などの再エネや水素、二酸化炭素(CO2)の回収・利用・貯蔵(CCUS)にも注力すると表明した。
EIAは今夏、COVID-19感染拡大で減少した石油類の消費量が2020年後半に回復に向うものの、21年8月までは19年平均を下回るとの予測を発表した。米ジョンズ・ホプキンス大学のまとめによると、米国におけるCOVID-19感染者数は9月12日現在、約644万人で、累計死者数は19万3,000人を超える。コロナ禍の収束がみえないなか、石油消費量が回復するまで数年かかるとの見方を示すエネルギー専門家も少なくない。
また、米大統領選挙の結果、バイデン氏が勝利すれば、米国のエネルギー戦略自体が「化石燃料から脱炭素へ」と大きく転換する可能性が大きく、石油産業界にとっては当面、厳しい雇用調整を覚悟しなければならない状況が続きそうだ。
米石油業界でコロナ禍による雇用喪失の危機感 |
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【エネから見える世界】バイデン勝利で拍車か
公開日:
(ワールド)
バイデン候補=Reuters
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阿部 直哉(Capitol Intelligence Group 東京支局長)
1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg Newsの記者・エディターなどを経て、2020年7月からCapitol Intelligence Group (ワシントンD.C.)の東京支局長。1990年代に米シカゴに駐在。
著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。 |
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