3月9日に行われた韓国大統領選挙で、国民の力の尹錫悦(ユン·ソクヨル)候補が韓国の新大統領に選ばれた。韓国最高のエリート集団の「ソウル大学法学部」を卒業した大統領は尹氏が最初だ。他にも、最初の検察総長出身の大統領、最初のソウル生まれの大統領、最初の選出職経験のない大統領など、「最初」という修飾語が付きまとう尹氏の当選は、韓国政治史の各種ジンクスを破る極めて異例のケースだった。
尹氏の当選は、保守と進歩が10年ずつ交代で政権を握るという「政権交代10年周期説」も破り、5年ぶりに進歩と保守が政権交代を果たす新記録を打ち立てた。それだけ、文在寅政権の政策が韓国国民を失望させ、「左派政権にはもう一度機会を与えたくない」と思う韓国国民が多かったということだろう。
5月10日に新たに誕生する尹錫悦保守政権は、このような韓国国民の政権交代への熱望に応答すべく、外交や経済を含むすべての分野において文在寅政権とは180度異なるスタンスを取ることになりそうだ。
まず、文在寅政権の代表的なエネルギー政策だった「脱原発」基調を完全に覆され、「原発大国の建設」がエネルギー政策の基調になっている。不動産対策においても税金を大幅に引き上げ、規制を強化することで市場を統制しようとして「失敗」した文在寅政権を反面教師にして、マンションなどの良質の住宅供給を拡大し、規制緩和と税制緩和などで住宅売買を活性化する方向に基調を立てた。
新型コロナ防疫においても、ソーシャルディスタンや営業時間の制限、ワクチンパス(ワクチン接種が確認されなければ、多重施設に入場を禁じる処置)などを打ち出し、政府や防疫当局が国民の移動を統制してきた文政権の方式を撤廃し、国民の自主的な判断に任せることになる見通しだ。
ワクチンパスを撤廃し、自営業者の営業時間制限を緩和し、青少年らに対するワクチン接種も強制しないことにした。大統領就任直後、50兆ウォンの緊急予算を作り、新型コロナによる営業損失を受けた自営業者へ補償金を提供する方針も決めた。
経済政策においては、「所得主導成長」の代わりに「持続可能な成長」を基調としている。市場に対する政府の規制を大幅に減らし、市場の自律性に任せ、民間企業が主導する経済成長生態系を作るということだ。文政権の労働政策である「週52時間勤務制」は、業種や作業環境に合わせて柔軟に適用するという原則に変わり、「時間当たり1万ウォン」を目標にしていた文政権の最低賃金制政策に対しても改善が必要だという立場だ。
外交と安保においても劇的な変化が予告されている。文在寅政権の外交が「戦略的曖昧性」を前面に押し出したとすれば、尹錫悦政権は「予測可能性」を前面に提示する。
米国に対しては軍事外交同盟を強化し、同盟関係を経済分野にまで拡大するという「米韓同盟の再建と戦略同盟強化」が外交基調だ。具体的には、クワッド傘下のワーキンググループに参加した後、クワッドへの正式加入も模索する。米韓同盟を半導体·バッテリー·AI·バイオ·6G·原発·宇宙航空などのグローバル革新を導く同盟にアップグレードする。
安全保障同盟の分野では、2018年6月の米朝首脳のシンガポール会談以来の4年間、機動演習を行わずに縮小して実施されている韓米合同演習の復元や、THAADの追加配置など、米国側が望んでいたが文政権が拒否していた事案についても積極的に協力していくことを明らかにした。
当選確定から5時間後に行われたバイデン米大統領との電話会談でも、「米韓両国が様々な分野で協力をさらに拡大していくことを確認」し、「北朝鮮の核ミサイルの脅威に対処するうえで、日米韓の協力を通じた緊密な協力を維持する」と再度確認した。
韓国メディアは、5月末に「クワッド首脳会議」に出席するため日本を訪問するバイデン大統領が韓国を訪れ、バイデンと尹錫悦との初の首脳会談が行われる可能性があると伝えた。
日本との関係は、米日韓協力と韓国の国益のために積極的に関係改善に乗り出すという立場だ。1998年の金大中-小渕宣言の精神に立脚し、「実用主義的かつ未来志向的なパートナーシップ」を目指すというものである。
まずは、両国間の信頼回復のために首脳会談を開いて共同声明を採択し、高官級会談を定例化して本格的な交渉のための良い環境を作った後、専門家グールプが各懸案を論議するという流れだ。慰安婦問題、徴用工裁判、対韓輸出規制などを一度に交渉のテーブルにのせる「グランドバーゲン」形式で、懸案一括妥結する案を模索している。
尹氏の選挙キャンプ関係者によると、徴用工裁判問題においては、両国の国民と企業の寄付で基金を造成して被害者に賠償する「文喜相案」を参考にして解決策を模索する方法が有力に検討されているという。
2015年の慰安婦合意当時、外交通商部の北東アジア局長として参加し合意を導いた李相徳(イ·サンドク)元駐シンガポール大使が尹氏の外交諮問団に入っている点は、慰安婦合意復元への期待を抱かせる部分である。
岸田日本総理も11日の午前、尹氏に電話会談を要請し、「近いうちに直接会って会談できるように調整していこう」と述べたと伝えられている。ただ、佐渡鉱山のユネスコ文化財指定、福島汚染水放出問題に対する韓国人の反発が激しい点が、日韓関係改善に影響する可能性もある。
中国とは「相互尊重に基づく韓中関係の実現」というスタンスを示しているが、具体的な対中関係のビジョンは見えてこない。選挙期間中、尹氏を補佐した外交ブレーンに中国専門家が含まれていなかった点も、尹錫悦新政権の対中外交に対する憂慮が出ている部分だ。中国側もこれまで「中立」を維持してきた韓国が、新政権の発足とともに米国に接近することに対する不快な心情を隠していない。
5年前の文在寅大統領当選時にお祝いの電話をかけてきた習近平書記は、今回は祝電を送った。韓国外交専門家の中には、尹錫悦政権が発足すれば、韓中関係が急速に悪化すると警告する人も少なくない。
北朝鮮との関係では、北朝鮮の核問題を最優先順位に置き、南北関係は北朝鮮の非核化に集中するという基調だ。尹氏が「失敗」と評価した文政権の「朝鮮半島平和プロセス」は事実上廃止され、米韓間の軍事協力強化を通じて北朝鮮の核拡張を抑制することになるとみられる。
尹氏は候補者時代、米外交専門誌フォーリン·アフェアーズの寄稿文で「北朝鮮が国際社会から信頼を取り戻す第一歩は現存する核計画を誠実かつ完全に申告すること」と強調した。完全な核申告は北朝鮮の非核化交渉の歴史でなかなか乗り越えることができなかっただけに、北核協議はしばらく難航する展望だ。
尹錫悦氏の主要関係者には親李系(李明博派)が布陣しているだけに、尹錫悦政権は李明博政権の経済、安保観を受け継ぐものとみられる。特に、李明博政権時代に外交第2次長を務めた 金聖翰(キム·ソンハン)高麗大教授は、尹錫悦氏の古き友人であり、外交の先生としての役割を果たしてきた人物だ。尹錫悦政権の主な外交安保政策は、金教授の頭の中から出てくる可能性が濃厚だ。
北朝鮮は早くから露骨な挑発の動きを見せている。弾道ミサイルの発射兆候が捉えられ、小型核弾頭に対する核実験なども憂慮される。これはモラトリアム破棄にまで至り得る状況で、尹錫悦氏は「相応措置を取る」という強硬な態度を示しており、朝鮮半島の緊張感が一気に高まっている。
これまで北朝鮮は、政権交代期に挑発を強行することで、新政権が韓国国民の信頼を取り付けることができずに出発する状況を狙ってきた。北朝鮮の挑発が、尹錫悦外交の最初の試験台になるものとみえる。