北朝鮮へ散布されたビラを口実に始まった金与正(キム・ヨジョン)第1副部長の毒舌談話や、開城(ケソン)工業団地内に設置された南北連絡事務所の爆破など、朝鮮半島の緊張を一気に高めていた北朝鮮が突然止まった。
6月23日、金正恩(キムジョンウン)委員長は、労働党軍事委員会第7期第5回予備会議で金与正氏が公言した「4大軍事行動」(開城工業団地や金剛山の軍駐屯、撤収していた休戦ライン付近のGP警戒所の復帰、対韓国ビラ散布、西海上訓練の再開)の保留を宣言した。
以後、北朝鮮側は、文在寅(ムン・ジェイン)韓国政府に向かった暴言や挑発を一切中止し、「どれだけ気分を害するものなのか経験してみろ」と、準備していた1200万枚の対韓国ビラもお蔵いりになった。
北朝鮮の挑発や突然の挑発中止について、韓国の専門家の間では「最初から計画された状況」という意見が支配的だ。
特に保守的な専門家らは、金正恩、金与正氏兄妹がグッドカップとバッドカップと役割を分担して、文在寅政府を心理的に手なずけていると指摘した。
慶南大学の金根植(キム・グンシク)教授は、「これまで(北朝鮮に挑発されたら)『北朝鮮が怒るに値する』『我々が約束を守らなかったせいだ』『米国のせいだ』とし、北朝鮮ではなく我が韓国のせいだと手なずけられて、今は金正恩氏の劇的な愛情表示(保留宣言)によって再び金正恩氏に感謝し、より北朝鮮に尽くすべきだと決心させる典型的なモラハラ」と分析した。
一方、文在寅政権は対北朝鮮宥和政策の強化を念頭に置いた外交安保ラインの刷新を通じて北朝鮮の「挑発保留」に応えている。金錬鐵(キム・ヨンチョル)統一部長官が北朝鮮の挑発に責任を負って辞任したことを契機に、文在寅政権は外交・安全保障関係の政権幹部の交替に取り掛かった。
新しく統一部長官に内定された人物は、当選4回で与党の院内代表を歴任した重鎮の政治家であり、文政権の核心勢力である全大協(全国大学生代表者協議会)の第1代議長出身の李仁栄(イ・インヨン)議員だ。大統領府は李議員について、「こう着状態の南北関係を創意的かつ主導的に解決し、南北間の信頼回復を画期的に進展させるなど、南北の和解協力と韓半島非核化という国政課題を支障なく推進できる適任者だ」と評価した。
しかし、保守系野党では李議員について、「過去に偏った対北朝鮮観を持っていた人物」と警戒している。
李議員が活動した全大協が親北朝鮮団体として知られている点と、過去の「(北朝鮮が関与を否定している)天安艦沈没事件を『永久未解決事件』として残そう」という発言を念頭に置いた反応だ。
李議員はまた、2014年に米議会の北朝鮮人権法制定を公に批判した前歴もある。当時、韓国の進歩派国会議員らは「北朝鮮の内部事情に対する過度な干渉」という抗議書簡を駐韓米国大使館に渡すが、李議員もここに名を連ねた。
対共活動機関である国家情報院長には朴智元(パク・チウォン)元民生党議員を内定した。彼は金大中(キム・デジュン)元大統領の最側近で、2000年に北朝鮮に密使として派遣され、その年の6月の金大中‐金正日(キム・ジョンイル)間の南北首脳会談を引き出すことに決定的な役割を果たした人物だ。
これまで何度も北朝鮮を訪問し、北朝鮮側の人物と親交を深めてきた。大統領府は朴元議員に対して、「2000年の南北首脳会談の合意を引き出すのに貢献し、現政権でも南北問題の諮問役を務めるなど、北朝鮮に対する専門性が高い」と説明した。
だが、保守系野党では、朴元議員が不法な対北朝鮮送金に関連して懲役刑を受けた前歴を挙げ、「国家情報院を駄目にする誤った人事だ」と非難した。
金大中政権の南北首脳会談の直前に現代グループが国情院の口座を利用して北朝鮮に4億5千ドルを不法送金した事実が、2003年に明らかになった。朴前議員は、南北首脳会談のため、現代グループに圧力をかけて対北送金をさせた疑いで、2004年最高裁判所で有罪判決を受けた。この事件で、現代グループの鄭夢憲(チョン・モンホン)会長が事務室の窓から飛び降りて自殺する悲劇も発生した。
他にも、文在寅政府の対北朝鮮特使として数回訪朝経歴がある徐薫(ソ・フン)元国情院長は大統領府安保室長に移動し、鄭義溶(チョン・ウィヨン)元大統領府安保室長と任鍾皙(イム・ジョンソク)元大統領秘書室長が大統領外交安保特別補佐官に任命された。
これら新外交・安保ラインの面々を見れば、北朝鮮の核問題と安保問題において既存の対北朝鮮融和策をさらに加速化させたいという文在寅大統領の強力な意志がうかがえる。
さらに、7月1日、文在寅大統領は「米大統領選挙の前に米朝間の対話(首脳会談)をもう一度推進する必要がある。米朝が再び顔を合わせて話し合うよう、韓国は全力を尽くす計画だ」と述べ、第3回米朝首脳会談を推進する意向を示した。
これに対し、韓国メディアは大統領府関係者の話として、「文大統領の考えはすでに米国側に伝えられている。米国側も共感しており、現在努力していると聞いている」と伝えた。文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官も、「米国側から聞こえてくる話の中に、前向きなものもある」と述べた。
米国からも第3回米朝首脳会談の可能性が提起されている。
ジョン・ボルトン元ホワイトハウス国家安保補佐官は、「トランプ大統領が10月のサプライズ(October Surprise=支持率アップのための大統領選挙直前の大型イベント)として、米朝会談を推進する可能性がある」と分析した。これには多くの米専門家が同意している。
VOA(米国の声)放送は、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のスミ・テリー先任研究員とビクター・チャ先任研究員らが、最近、ソウルとワシントンの状況を考慮すると、10月サプライズが不可能なわけではないと述べたと伝えた。特にビクター・チャ研究員は、「北朝鮮の‘寧辺核施設と一部制裁の緩和'を交換条件に、トランプ大統領が米朝第3回会談を推進する可能性を排除できない」と述べたと報じられた。
6日、東亜日報は、文政権の関係者の発言を引用し、「(新外交安保ラインが)スモールディール+α構想で米国と北朝鮮を説得し、(米朝)対話を進める」と報じた。つまり、北朝鮮が寧辺核施設をはじめ、一部の高濃縮ウラン(HEU)・大陸間弾道ミサイル(ICBM)施設の不能化、または廃棄に乗り出せば、米国が「スナップバック」(約束不履行時の制裁再導入)を前提に、一部の対北朝鮮制裁を緩和する方法だ。
彼らは7日に訪韓するヴィーガン米国務省副局長にこのような認識を伝え、本格的な対北朝鮮接触に乗り出すというのが東亜日報の分析だ。
このような韓国と米国の動きについて、北朝鮮は崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の談話を通じて、「朝米対話を自分たちの政治的危機を乗り越えるための道具としか考えない米国とは向かい合う必要はない」と一蹴した。しかし、この談話は、韓国では「断り」ではなく「身代金を引き上げろ」という意味だと受け止められている。
金正恩氏と北朝鮮の瀬戸際戦術は今回も劇的な効果を発揮できるだろうか。