韓国の第20代大統領に就任した尹錫悦(ユン·ソクヨル、61)大統領の「破格」が連日話題を呼んでいる。「脱権威」を宣言し、第1号公約として挙げた「青瓦台開放と大統領執務室の移転」を貫く一方、市民との積極的なスキンシップを続ける「疎通する大統領」としての歩みが、韓国国民やメディアからひとまず良い点数を得ているからだ。
ソウルの真ん中に7万坪を超える広大な敷地にある青瓦台は、朝鮮時代の王様が住んでいた「景福宮」の後苑に建設された韓国最高権力者のための空間だ。大統領の官邸と執務室、迎賓館の他、数軒の建物で構成されている青瓦台は、権威主義的な空間配置と外部と断絶した閉鎖性によって、歴代韓国大統領の「不通(世論を意識せず、意地を張ること)」を生んだ主な原因と評価されてきた。
文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は、2012年と2017年の2度の大統領選挙に挑戦した際、青瓦台開放と大統領執務室移転を公約として掲げている。2017年に大統領に当選してから、就任式で再び青瓦台開放を約束した。
「青瓦台を出て光化門大統領時代を切り開きます。国民と随時疎通する大統領になります。主要事案は大統領が直接記者団にブリーフィングします。帰りには市場に立ち寄って、市民と隔意のない対話を交わします」。
ただ、この約束は就任2年目に破棄され、文大統領は青瓦台に閉じこもった。国民との「随時疎通」どころか、記者たちとも5年間の任期の間、たった6回の公式会見を行っただけだった。自分があれほど「不通」と非難した朴槿恵(パク・クネ)元大統領の5回より1回多い程度だ。
文前大統領があきらめた青瓦台開放を尹錫悦大統領が貫いてみせた。当初計画していた光化門の外交庁舎への執務室移転が警護上の問題で不可能になると、龍山の国防部庁舎に計画を修正し、就任式当日から大統領府を市民に返すと再度約束した。これに対し、退任を控えた文在寅大統領と共に民主党側は「安保上の空白が憂慮される」「1兆ウォンを越える移転費がかかる」「国民同意のない性急な決定」等の世論戦を繰り広げながら強く反対したが、尹大統領は意を曲げずに約束を守った。
最高権力者のための空間だった青瓦台は、尹錫悦大統領の就任式が開かれた10日11時に、74年ぶりに正門を開き、市民を受け入れた。以来、青瓦台には一日平均4万人余りの観覧客が入場しており、230万人以上の予約待機者がいるほどセンセーションを呼び起こしている。
龍山の大統領府庁舎に執務室を設けた尹錫悦大統領は、専用エレベーターを置かず、職員と同じエレベーターを利用するという。毎朝出勤にはキム·ゴンヒ夫人がペットとともに尹大統領を見送り、大統領府庁舎に到着してはロビーで待っている記者たちに会い、即席で問答を交わす。就任式直後の初出勤の時は、近くの駅で車を降りて大統領室庁舎まで歩きながら市民に挨拶をする姿も捉えられた。
就任後初の週末には夫婦同伴で外出し、鍾路区の市場でトッポッキとチジミを買って家に帰る途中、近くのデパートに立ち寄ってシューズを買った。道で会った市民たちと写真を撮りながら挨拶を交わしたりもした。非公開日程だったが、大統領夫妻と出会った市民たちがSNSに写真を載せたことで記事になったが、まるで2017年の文在寅大統領の就任時を思い出させる歩みだ。
歴代最も若い大統領夫人のキム・ゴンヒ氏(49)の一挙手一投足にも大衆の関心が集まっている。
1973年9月2日、ソウルで生まれたキム・ゴンヒ氏は、不動産投資で大きな財産を築いた母親のおかげで、幼い頃から何一つ不自由しない生活を送ってきた。美術と美術教育を専攻し、大学などで学生たちを教えたが、2007年に展示企画会社のコバナ・コンテンツを設立した。数回にわたって有数の展示会を開催し、専門企画者として名声を博した2012年、12歳年上の尹錫悦・当時最高検察庁中央捜査1課長と結婚した。
キム夫人は雑誌とのインタビューで、「一生ご飯を作ってあげる」とプロポーズを受け、「この人は財産も2000万ウォンが全てで、私でなければ一生結婚できないかもしれない」と思ってプロポーズを受け入れたと明らかにした。政権関連捜査で朴槿恵政権ににらまれ、左遷を繰り返された夫が検察を辞めようとした時は、「お金は私が稼ぐから一緒に苦労した捜査チーム員たちを思って持ちこたえてほしい」と夫を励ましたという。
しかし、キム夫人の存在は、尹錫悦氏が政界入りしてからは「悪材料」として働いた。キム夫人と彼女の資産家の母親を巡る数多くの疑惑が提起されると、大統領選挙に出馬した尹錫悦候補の支持率が垂直下降した。キム夫人に関しては、株価操作に加担したという疑惑、学位論文の盗作疑惑、履歴書に経歴を膨らませて記入したという疑惑、夫の地位を利用して企業から展示協賛を受けたという疑惑、そして江南の風俗店でホステスとして勤めたなど、数々の疑惑などが提起された。
結局、キム夫人は大衆の前に立って履歴を膨らませた疑惑に対してのみ認めて謝罪し、夫が大統領になっても自分は大統領夫人としての地位を諦めて、夫の後ろで静かに内助に専念すると約束した。 尹錫悦候補も、大統領夫人の秘書室にあたる「大統領府第2付属室」の廃止を約束した。
しかし、その直後、左派陣営でYouTuberと交わした通話録音ファイルが地上波テレビを通じて全国に公開され、キム夫人は再び書面で謝罪するに至った。だが、この録音ファイル公開は思わぬ反響を呼んだ。
これまで尹錫悦候補側では、キム夫人を「最大リスク」と判断し、公開活動はもちろんメディアに名前が挙がること自体を極度に警戒していた。相手陣営はこれを利用して、キム夫人を狙った、「ホステス出身」「巫俗に心酔した情けない女性」「第2の崔順実(朴槿恵国政壟断事件の当事者)」などのデマを作り出し、キム夫人があたかも尹錫悦候補を後ろで操縦する「悪女」のように描写してきた。
ところが、公開された録音ファイルの中のキム夫人は、ただ世間話が好きな隣のおばさんのような印象だった。近づきにくい華やかで冷静に見える外見とは違って、ハスキーな声で大雑把な話術を駆使するキム夫人の話は、むしろ多くの人に親しみを感じさせたのだ。これを契機に、インターネットではファンクラブができるほどのシンドロームを起こした。
その後もキム夫人は選挙終盤まで一切姿を現さず、尹錫悦候補が大統領に当選した後も公開行事に姿を現さなかった。そのため、大統領就任式にキム·ゴンヒ夫人が出席するという当然のニュースが「緊急ニュース」として、報じられたほどだ。
10日、就任式を機に公開席上に初めて姿を現したキム·ゴンヒ夫人は終始落ち着いた姿と謙遜な姿を見せた。キム夫人は夫の後ろから6歩も離れて歩きながら、貴賓に向かって何度も深く頭を下げて丁寧に挨拶した。長い獄苦でまだ体が回復していない朴槿恵元大統領が階段を降りる時は腕を組んでエスコートする姿を見せて保守的な国民から合格点を得た。貴賓晩餐会でもアクセサリーをほとんど着用していない落ち着いた衣装で登場し、静かに席を座っているおとなしい姿も好評だった。
ファッションセンスに優れたキム夫人の衣装も爆発的な人気を得ている。彼女が日常で着用する衣装は、5万ウォン(10ウォンが約1円)台のスカート、3万ウォン台のカバン、4万ウォン台のスリッパ、10万ウォン台の時計など、庶民にも手が届く製品ばかりで、大統領夫妻の質素なイメージにつながっている。
ただ、最近の世論調査の結果によると、いまだ多くの韓国国民がキム夫人に対して「積極的な役割よりは静かな内助をしてほしい」と答えており、キム夫人側は、「今後も必ず参加しなければならない公式行事を除いては公開活動を自制する」と明かしている。
0.73%差という僅差で当選した尹錫悦新韓国大統領は、当選後もなかなか支持率が上がらなかった。 就任初週の支持率はやっと過半を超えた52%(ギャラップ調査)だったが、この数字は、文在寅大統領の就任初週の支持率の81%にはるかに及ばないだけでなく、歴代政権の中でも最も低い数字だ。それに、国会で多数を占めている野党の「共に民主党」と左派陣営は新政権に対して鋭く対立している。政治初心者の尹錫悦大統領の未来は決して平坦ではない。
そのため、尹錫悦大統領は歴代大統領とは異なる破格のスキンシップで市民の中に入り、彼らの心をつかむことで国政運営の原動力を得ようとしている。事実、尹大統領のスキンシップに韓国のメディアは「天地開闢」と評価するほど、絶賛を送っている。ただ、このように脱権威の姿勢をいつまで維持できるだろうか。「帝王的」大統領制と呼ばれる韓国で、大統領に与えられた権限はあまりにも強大で、いつでも大統領の目と耳を隠してしまうからだ。