来年3月9日に行われる大統領選挙を控えている韓国では、両大政党が公認候補選抜のための党内予備選挙の真っ最中だ。10月10日に党内選挙を終える与党の「共に民主党」では、現京畿道知事の李在明(イ·ジェミョン)候補が李洛淵(イ·ナクヨン)元首相を20%以上の差で大きくリードしており、最終候補に確定することがほぼ確実になってきた。
李在明・共に民主党候補は、韓国国民が好む「自力成功型」の政治家だ。1964年、慶尚北道安東出身で、貧しい故に中学校を中退し、工場で働きながら家計を支えた。工場労働者時代には多くの労災に見舞われ、障害を背負ったが、補償金は一銭も受けることができなかった。
労働者に過酷な韓国社会を身に染みて経験した李候補は独学で中央大学法学部に入学し、人生を変えるきっかけを作る。その後、司法試験に合格して人権弁護士としての道を選び、京畿道城南市を中心に、市民運動家として名を馳せる。2010年に城南市長に当選して政界入り、城南市長再選に成功した後、2018年には京畿道知事に当選した。
国会議員など中央政治の経験がなく、共に民主党内の主流である「文在寅派」に属さないというのが李候補の弱点だったが、今のように国会に対する嫌悪が大きく、文在寅政権に対する非難世論が高い状況では、むしろ強みとして作用している。
このため、「文在寅後継者」と呼ばれる李洛淵元首相を抑えて、進歩陣営の最有力候補としてのし上がった。政治に無関心な中道層有権者には、李在明政権も「政権交代」になり得るという考えが強いからだ。
城南市長時代から現金をばらまく福祉政策で大きな人気を博した李候補の代表的な公約は、「基本」シリーズだ。
全国民に毎年100万ウォン(日本円で約10万円)の基本所得を提供するという「基本所得」、任期内に首都圏の駅勢圏に10億ウォン相当の高級マンションを100万軒供給し、月60万ウォンで30年間賃貸できるようにするという「基本住宅」、全国民を対象に信用度に関係なく年3%未満の利子で1000万ウォンまで10~20年間長期融資をする「基本金融」がそれで、韓国有権者からいい反応を得ている。
ただ、国家負債が1000兆ウォンに達している韓国経済の現状を考えると、李候補の公約は「過度なポピュリズム」という懸念も深い。そのうえ、李候補陣営の政策調整団長の崔根培(チェ·グンベ)建国大学·経済学部教授は、「景気刺激のために、中央銀行の発券力を動員しなければならない」という持論を持っている人物だ。
「韓国銀行が金をばら撒いて物価が100倍に上昇したとすれば、100億ウォンを持っている人は資産の実質価値が1億ウォンに減るが、金を持っていない人には被害がない」「韓銀は物価安定だけを気にせず、金のない人が金を確保できるようにすべきだ」「韓国銀行は資本家と富裕層の味方だ」という主張を繰り返している。
つまり、政府が0%の金利で債券を発行し、韓銀が金をむやみに発行して債券を購買することで福祉財政を備えるべきだと主張している。
対北朝鮮政策においては文在寅政権をそのまま踏襲するとみられる。すなわち、朝鮮半島問題は南北が主導的に解決するという「韓半島運転者論」と、北朝鮮非核化に対する段階的非核化やスモールディールを主張している。李候補自らが、「対北政策で(文在寅政府と)差別化する考えはない」と言及しており、李鍾ソク(イ·ジョンソク)元統一部長官、文正仁(ムン·ジョンイン)前大統領外交安保特別補佐官ら文在寅大統領の中核外交ブレーンを大勢陣営に迎え入れた。
米中の対立が深まる国際状況の中でも、文在寅政権の「均衡外交」(米国と中国との間でバランスを維持するという外交)もそのまま踏襲する見通しだ。米韓同盟を「米国の韓国に対するガスライティング(モラハラ)」「在韓米軍の撤収が韓半島和平体制構築の過程になり得る」などの対米観で大きな物議をかもした金俊亨(キム·ジュンヒョン)元国立外交院院長が外交特補を務めているという点は、韓国安保の根幹である米韓同盟を李候補がどのように評価しているのかに対する懸念を生んでいる。
日本については、文在寅政権よりも鮮明な反日感情を打ち出している。日韓間の最大懸案のひとつである慰安婦問題については、2015年の合意直後から激しく「合意無効」を主張し、慰安婦像を守る運動にどの政治家よりも熱心に参加している。日韓GSOMIAに対しては最近まで何度も反対の意思を明らかにし、日本を「軍事的敵性国家」と表現した。
「日本の軍事大国化と膨張主義の第一の対象は韓半島になる」という主張だ。最近では東京オリンピック·パラリンピック組織委員会のHPに竹島(韓国名:独島)が入った日本地図が掲載されたことを問題と指摘し、東京オリンピックへのボイコットを主張した。
ほかにも、日本メディアに掲載された自分に対する批判記事を韓国内の広報に逆利用するなど、韓国国民の「反日」感情に徹底して迎合する姿勢を見せている。このような李在明候補が政権を獲得すれば、現在よりも厳しい韓日関係が予想される。
一方、「国民の力」の党内選挙はまだ1ヵ月以上残っているため、国民の力側の最終候補に対する展望は次の機会に回したい。ただ、8人の候補のうち4人を選抜する2回目の党内選挙が行われている現在、文在寅政権に対抗して政権不正を捜査したことで辞任に追い詰められた尹錫烈(ユン·ソクヨル)前検察総長と、2017年にセヌリ党(現国民の力)大統領候補に出馬した洪準杓(ホン‘ジュンピョ)前代表とが、2強を形成している。
当初、尹錫烈候補の独走が予想された「国民の力」党内選挙で、洪準杓候補の突風が強いのは大変異例的なことと受け止められている。
検察出身でベテラン政治家である洪準杓候補(66歳)は、20代男性を中心に最近支持率が急上昇している。女性家族部の廃止、強硬貴族労組(民主労総)の解体、全国教職員組合(全教組)の解体、軍加算点制の復活、死刑執行などの公約が、反フェミニズムや反労組的な感情が強い若い男性層に大きな反響を呼んでいるとみられる。
一部からは、「暴言」と非難されている歯切れの良い話し方も、20代男性には「ホンカコラ(洪準杓+コカコーラ)」という愛称が出るほど人気が高い。
ただ、洪候補の躍進については、与党支持層が肩入れする「逆選択」の憂慮も出ている。国民の力の党内選挙では、党員投票50%と国民世論調査50%が反映されるが、共に民主党の熱烈支持者が、尹錫烈候補と比べて相対的に本選の競争力で劣るという判断の元、洪準杓候補を押そうとする組織的な動きが世論調査で捉えられているからだ。
最近の大統領選挙関連の各種世論調査では、洪候補が、尹錫烈、李在明に続いて3位を維持しているが、保守陣営の候補だけを選ぶ調査では尹錫烈を抜いて1位を走っている。しかも、洪候補の支持率の詳細を見ると、国民の力の支持者には10%台の支持を得ているだけだが、共に民主党の支持者には約40%の支持を得ていると集計され、逆選択の主張を裏付けている。
韓国政界には大統領選挙に交わる「3大ジンクス」がある。現大統領の支持率が20%に及ばなかったり、政権交代を希望する世論が政権維持を希望する世論より20%以上高かったり、政権が10年間維持されているなら、政権交代となった。しかし現在は、文大統領の支持率が40%台を維持し、政権交代を希望する世論は15%ほど。進歩政権はまだ5年目だ。次期大統領選挙ではこのジンクスを破ることができるのか、もしくはジンクスが維持されるのか、それを展望するにはまだ時間がかかりそうだ。